Netflix映画『パーフェクト・ネイバー: 正当防衛法はどこへ向かうのか』独占配信中

配信プラットフォームには、あまたある話題作のなかで見落とされてしまった作品や、残念ながら日本ではあまり知られていない名作がある。

2025年10月にNetflixで配信された映画『パーフェクト・ネイバー: 正当防衛法はどこへ向かうのか』は、優れたドキュメンタリー映画が多数配信されているNetflixにおいても出色の一本だ。

第98回(2026年)アカデミー賞でも長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた、「ほぼ全編ボディカメラ映像」という特異な作品である。

通報を受けた保安官の視点から

2022年2月、アメリカ・フロリダ州の住宅地に、住民の通報を受けた保安官たちがやってきた。近所の子どもの犬が自宅の敷地に入ってきた、その親とトラブルになって「立ち入り禁止」の看板を投げつけられたというのだ。

周囲の住民は、通報者スーザン・ロリンツを明らかに警戒している。子どもが遊んでいると怒鳴りつける、他人の子どもに干渉する、あの人が引っ越してくる前は誰もが遊んでいた土地だったのに……と。

スーザンは近隣の子どもたちが家の周りで遊んでいることが許せず、警察に通報を繰り返す。住民同士が対立を深めるなか、保安官たちは何度も呼び出され、スーザンや住民たちの言い分を聞き、なんとか解決を図ろうとする。

ところが、事態は悪化の一途をたどり、ついに「正当防衛法(Stand Your Ground laws)」をめぐる問題に発展して――

近隣トラブルか、介入すべき問題か?

邦題にある「正当防衛法」とは、身の危険を感じた際、その場から逃げるのではなく、武力を用いる権利を認める法制度のことだ。しかしこの映画は、アメリカ社会や正当防衛法の問題を直接的に解説することはしていない。

本作最大の見どころは、警察のボディカメラに視点を固定したまま、住宅地で起きた問題に迫っていくことだ。監督のジータ・ガンドビールは、関係者へのインタビューではなく、保安官の視点で、現場の緊張感を観る者に追体験させる。

住民たちは経緯や状況を説明するが、話はしょっちゅう食い違い、保安官たちは頭を抱える。どちらの言い分が正しく、誰に責任があるのか。何が事実で、何が思い込みなのか。これはただの近隣トラブルなのか、それとも介入すべき問題なのか。彼らには、その町で起きている出来事の全容をつかむことができない。

本編に使用されているのはボディカメラ映像のほか、住民がスマートフォンで撮影した映像や、車載カメラや監視カメラの映像、通報記録などだ。しかし、そこには明らかに記録されていないことがある。観る者も保安官たちと同じく、断片的な情報から状況を判断しなければならない。

ボディカメラで切り取る社会問題

この作品が巧みなのは、作中で保安官が言う「中立」の立場に観客を置き続けることだ。それはほかでもない「制度」の立場でもあり、その語り口自体が、なぜ悲劇が起きることを止められなかったのかを浮き彫りにする。

兆候はあった。しかし、間違いなく危険だとも言い切れない――

それでも映画の後半は、事件の当事者が放つ異様さにぐいぐいと接近し、不条理なまでの自己正当化ぶりを暴き出す。「自分は脅迫された、身の危険を感じた」という言葉が意味していることや、その言葉に隠されているものとはなにか。

ボディカメラ映像の蓄積を通じて語られる近隣トラブルは、やがてひとつの事件へ発展し、より大きな社会問題へと接続される。サブタイトルの意味が本当に明かされるのは映画のラストだが、そこに至るまでのダイナミックなストーリーテリングこそ、本作が優れたドキュメンタリー映画たるゆえんだ。

この映画を観る者は、気づけば等身大のままで、アメリカ社会に横たわる恐ろしい不均衡に直面する。スリリングなサスペンスを観るかのような鑑賞体験のあとに残るのは、どうしようもない割り切れなさだ。