Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、7月16日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。

村上春樹の最新作が引き続き1位

今回は7月6日から7月12日までのデータを元に解説する。今週のトップは先週に引き続き村上春樹の最新作『夏帆 The Tale of KAHO』。本作は村上氏の、女性を主人公にした初の長編小説。発売前から期待の声が多くあり、発売日にはSNSを中心に大きな話題を集めていた。2位の『一次元の挿し木』は先週の6位からジャンプアップ。7月から実写ドラマ『一次元の挿し木』(読売テレビ・日本テレビ系)がスタートしており、その影響も大きいことが予想される。

3位は宮島未奈の「成瀬あかりシリーズ」の2作目『成瀬は信じた道をいく』。本作は成瀬あかりを中心とした青春小説で、6月24日に文庫版が発売された。本シリーズは長きに渡り人気を集めており、本チャートでも長期間ランクインしている。1作目の『成瀬は天下を取りにいく』と『成瀬は信じた道をいく』をもとにした舞台が現在上演中だ。

7位には10月に映画公開を控える『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)、15位に現在実写映画公開中の『口に関するアンケート』(背筋)、16位も映画公開中の『黒牢城』(米澤穂信著)がランクイン。やはり実写化作品の原作への注目度も高いようだ。

17位には背筋の『目が』がランクイン。本作はホラー作家・背筋の最新作で、『口に関するアンケート』に続く”スマホより小さいホラー小説”第2弾だ。18位は川代紗生の『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』。本作はSNSでもコンスタントに話題を集めている作品で、共感とおいしさのつまった作品となっている。

スマホより小さいホラー小説第2弾『目が』 後を引く怖さが夏にぴったり

今回は17位の『目が』と18位の『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』をピックアップする。

『目が』は、背筋による「視線」にまつわる恐怖を描いたホラー小説。2024年9月に発売された『口に関するアンケート』は、スマホよりも小さいサイズでたった63ページでありながらとても怖いとSNSを中心に話題となり、7月3日からは実写映画が公開。『目が』もまた同じ手のひらサイズの小説で、書店でそのビジュアルは異彩を放つ。

装丁は「目」と大きく書かれた文字の背後に、目の部分が真っ赤に染まった白い像の顔が見えるデザイン。装丁からぞわっとした”嫌な予感”が漂っている。

本作も全71ページと非常に短い小説で、さくっと読めることが特徴。小さく持ち歩きしやすい上にスキマ時間に読めることもあり、普段読書をしない人も読みやすい作品となっている。「ホラー小説」といっても、派手な展開はなく、読者の生活の中にそろりそろりと迫ってくるような感覚の物語だ。

短い中にホラー要素となんとも言えない気味の悪さが詰まっている本作。読み終わえたあとは、なんとなく「誰かに見られているかもしれない」という感覚になる。現実世界でもデジタルの中でも、私たちは見えない多くの視線に囲まれているのかもしれない。胸に長く残る重厚な物語というよりも、ふと思い出した時にぞくりとする感覚になる物語。短いページの中に、後を引く怖さが詰まった夏にぴったりのホラー作品となっている。

共感とおいしさのつまった作品『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』

『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』は”ままならない気持ち”の名手、川代紗生の新作・書き下ろし小説。主人公は恋人に「プロポーズするなら元カノがいい」と告げられ、婚約寸前で振られてしまった桃子。彼女は「私は、なにかが足りてない人間なんじゃないか」と悩んでいた。桃子は小さな喫茶店で働いており、そこでは毎週金曜夜10時、”元カレごはん埋葬委員会”が開かれている。

“元カレごはん埋葬委員会”とは、失恋相手との思い出のごはんが作れなくなった人たちが、その恋を「埋葬」するために集まる場所。相談者たちの失恋の話を聞き、思い出の料理をつくって共に食べる中で、桃子はさまざまな人の痛みを知ることになる。

思い出と食事は、良くも悪くも頭の中で結びつき、強く記憶に残ってしまうものだ。大好きだったのに別れなければいけなくなった相手。苦い思い出が蘇り、忘れることができないあの味。ひとりではつらくなってしまうその味を、傷ついたその気持ちを、誰かに話すことで”埋葬”できたら。その思い出は苦いままでも、自分の一部として抱きしめて生きていくことができるのではないだろうか。

本作には、モラハラを受けているのに相手に好かれるように振る舞ってしまう女性や、推しが結婚してつらくても平気なふりをする女性など、さまざまな形で痛みを抱えた人たちが登場する。そんな彼女たちを見ていると、自分のじくじくした記憶まで掘り起こされるような気分になってくる。

この物語は、ただ傷口を優しく撫でてくれるだけの話ではない。”埋葬”しても、思い出が消えるわけではないし、つらくてもその思い出を抱えながら進んでいかなければいけない。主人公の桃子自身も、ずっと消えない”呪い”を持っている。ずっと自分のことを足りていないと思っていた桃子がたどり着いた答えは、同じ悩みを抱える読者たちにも刺さるはずだ。

読者は登場人物の傷や痛み、優しさを通して自分の過去とも向き合うこととなる。読み終えた後には、未来に向かって少し顔を上げたくなる物語で、作中に出てくる料理のレシピが載っていることもうれしいポイントだ。