Japan Expo Paris 2026の取材でパリに入った。会場に向かう前日、私はレピュブリック広場からオペラまでを、ひたすら歩いてみることにした。
(取材・文:MEDIAMIXI編集長 榎本幹朗)
目的はひとつである。フランスのマンガ人気が、どこまで本物なのかを自分の足で確かめること。
日本にいると、フランスは「世界でいちばん日本のマンガを愛してくれている国」という文脈でばかり語られる。ただ、数字と現地の温度は必ずしも一致しない。パリの街の日常の中で、日本のコンテンツはどれくらいの面積を占めているのか。それを見ておかないと、20万人以上が集まるという会場の数字を、ただの数字として受け取ってしまう気がした。
結論を先に言えば、根はしっかり張っていた。ただし、面積は思ったより小さい。店に入れば客はいる。だが間口は狭く、濃度が高いぶん、一部の愛好家の世界にも見えた。
この密度で、本当に20万人以上が集まるのだろうか。
そんな半信半疑を抱えたまま、私は翌日ヴィルパントへ向かうことになる。
壁の隅の、手のひら大の日本

パリを歩いていて最初に気づいたのは、日本のゲームのドット絵アートだった。壁の低い位置に、色タイルを組んだ小さな絵が貼られている。見覚えのある、あのインベーダーである。
これはInvader(アンヴェーダー)というフランスの匿名アーティストの作品だ。1998年にパリで「Space Invasion」というプロジェクトを始め、タイルモザイクという古典的な装飾技法で、ゲームのドット絵を街に定着させてきた。原典はもちろんタイトーの『スペースインベーダー』(1978年、開発は西角友宏氏)である。
規模を調べると、パリだけで約1,500点、世界では4,000点を超える。2014年7月には公式アプリ「FlashInvaders」が公開され、実物を撮影すると10点から100点が入る、いわば街歩きそのものが得点ゲームになった。作品には「PA_1500」(パリで1500番目)のような固有IDが振られている。

28年かけて、日本のゲームの記号がパリの壁に定着した。そう書くと壮大に響くが、現物は鎧戸の下に貼られた手のひら大のタイルである。通行人のほとんどは気づかずに通り過ぎていく。
日本の記号は、たしかにパリの風景の中に入っている。ただし、主役ではない。
この距離感が、この街での日本文化の実寸に近いのだろうと、歩き始めてすぐに感じた。
11番地から15番地まで

マンガとアニメの店が並ぶ通りがあると聞いて向かったのが、ヴォルテール大通り(boulevard Voltaire)だった。レピュブリック広場、つまり共和国広場のマリアンヌ像が立つあの広場を起点に、バスティーユ方面へ伸びる大通りである。
きれいな広場のすぐ隣なのに、通り自体はあまり整った道ではない。ところが番地を追っていくと、驚くほど密集していた。
11番地にブラッスリー「Le Petit Centre」とゲーム機店「Tronix」。13番地が古書・新刊のマンガ店「Manga Story」。15番地がレトロゲームとカードの「Sat.Elite Games」。
つまり、パリのJカルチャーの中心地は、数軒分の間口にほぼ収まっているのだ。

日本関連の店が増えたのは2014年以降だと言われる。加速要因として大きかったのが「Pass Culture」、15歳から18歳の若者に配られる文化クーポンのアプリで、購入ジャンルの最人気がマンガになった時期と重なる。国の文化予算が、結果的に日本コンテンツの棚を太らせた形である。
子連れが入っていく書店

歩いていて、いちばん印象に残ったのがこの光景だった。黄色い看板のマンガ書店に、母親と子どもが並んで入っていく。
日本で「マンガ専門店に親子で行く」という絵は、あまり一般的ではない。ところがフランスでは、これが普通らしい。
数字が裏付けている。フランス国立図書センター(CNL)が2026年4月14日に公表した最新調査「Les jeunes Français et la lecture」によれば、BD・マンガ・コミックスは、若者が読むジャンルの第1位で57%。ロマンスやファンタジーを上回る。イプソスが7歳から19歳の1,500人を対象に実施した第5版の調査で、Japan Expoのわずか3か月前に出たばかりの数字である。
ここで言う「BD」とはバンド・デシネ(bande dessinée)、フランス語で漫画全般を指す言葉だ。フランス語圏のBD、アメリカのコミックス、日本のマンガをひとまとめにした一つのカテゴリーとして扱われる。フランスでは1960年代から「第9芸術(9e art)」として、文学や映画と並ぶ芸術ジャンルに位置づけられてきた。
さらに興味深いのは、マンガの読者が25歳から49歳の層で増え続けていることだ。子どもだけのものではなくなりつつある。
その起源をたどると、1980年代のテレビ番組に行き着く。TF1で1987年から1997年まで放送された「Club Dorothée」が、ドラゴンボール、聖闘士星矢、キャプテン翼(フランス題「Olive et Tom」)を毎日のように流し続けた。それを浴びて育った子どもたちが、いまの40代から50代、つまり親世代である。
ちなみにJapan Expoの2027年の名誉ゲストは、キャプテン翼の高橋陽一氏に決まっている。これも同じ文脈の中にある。
棚は市場統計そのものだった



店内に入ると、品揃えはかなりのものだった。そして棚の構成が、そのままフランスの市場データと一致していて驚いた。
2024年のフランスにおけるマンガのジャンル別売上比率は、少年71.5%、青年21.1%、少女6.1%、少年向けは2023年に20%減、2024年に12.5%減と連続で縮んでいる一方、青年向けはマイナス2%と相対的に堅調で、比率はむしろ20%から21.1%へ上がっている。
「SEINEN」の棚看板が立派で、少女漫画のコーナーが控えめ。私が店内で受けた印象は、統計の可視化そのものだった。
市場全体としては、2024年が3,590万冊・3億900万ユーロ(約574億円)で数量前年比マイナス9%、2025年上半期は数量マイナス12.8%。主因は100万部超のシリーズが減ったことで、鬼滅、進撃、呪術といった牽引役が完結した影響が出ている。
なお日本の記事でよく見る「フランスは世界第2位のマンガ市場」という表現だが、フランスのメディアは「アジア以外で米国に次ぐ2位」と書く。引用する際は後者が安全だろう。
ヨーロッパがつくる日本。同人の棚は小さかった
秋葉原や中野を知っている目で見ると、いちばん違うのは同人・二次創作の棚がかなり小さいことだった。
フランスは商業ライセンス出版が流通の中心で、マンガは「9e art(第9芸術)」として一般書店の棚に乗る。写真7のアーチ看板にある「Hentai」も、出版社が正規に出す成人向け商業作品の棚区分であって、日本の同人棚とは性格が違う。
つまりこの店の性格は、専門店というより書店なのである。

天井を見上げて、思わず声が出た。マンガの見開きが天井パネルに敷き詰められているのだ。本を売る場所ではなく、作品世界の内側に客を入れる。フランスがマンガを「本」ではなく「空間」として売り始めていることの、わかりやすい象徴だった。
ルクセンブルクから来た日本のフィギュア


隣の物販館に入ると、フィギュアの充実ぶりが圧巻だった。中野ブロードウェイにいる気分になる。実際、ジャパンエキスポ関係とみられる日本人の一団が、フィギュアのバージョンについて熱心に語り合っていた。
高級スタチューの什器に入っていたのは「Tsume Art(ツメ・アート)」というメーカーだった。2010年にルクセンブルクで設立された、レジンスタチューとPVCフィギュアの製造会社である。
扱っているライセンスが、NARUTO、ONE PIECE、ドラゴンボールZ、僕のヒーローアカデミア、BLEACH、聖闘士星矢、FAIRY TAIL。さらにBATMANやファイナルファンタジーIXまで。情報が古くて恐縮だが2017年の売上が630万ユーロ(約11億7,000万円)、従業員45名とのこと。
そして2019年10月、Manga Storyと組んで、このヴォルテール大通りに初の実店舗を出している。
日本のIPを、ヨーロッパの企業が製造して世界に売る。その拠点が、この通りにあるのだ。

日本ではくじ景品、パリでは新品小売

もうひとつ、流通の反転が起きていた。
バンダイスピリッツやバンプレストの系列で、日本ではクレーンゲームの景品や一番くじの賞品として出る商品がある。それが欧米では、正規の小売商品として箱積みで売られている。日本のくじ・景品経済が、海を越えると新品の店頭商品に化けるのだ。
1978年、視聴率ほぼ100%
スタチューの什器には、エヴァンゲリオンと並んでグレンダイザーらしき姿もあった。
『UFOロボ グレンダイザー』は1975年の東映アニメーション作品(全74話)だが、フランスでは1978年7月3日、Antenne 2の「Récré A2」で放送が始まった。時間帯の視聴率がほぼ100%に達したと言われる社会現象で、主題歌は400万枚を超え、2013年にはドルーオーでグレンダイザー専門のオークションまで開かれている。
Invaderが街に貼り始めたのが1998年。グレンダイザーがテレビに流れたのが1978年。この街の日本文化は、そのくらいの時間をかけて積み上がっている。
三層になった街、そして半信半疑。食のサンタンヌ通り

ヴォルテール大通りを離れ、ルーブルへ続く通りへ向かうと、街の顔が変わる。サンタンヌ通り(rue Sainte-Anne)一帯、通称リトル・トーキョーである。ラーメン、寿司、カラオケ、そして餃子。
角にあった「餃子歩兵(GYOZA HOHEI)」は、京都・祇園で2011年に創業し、ミシュランガイド京都大阪のビブグルマンに選ばれた店だ。2023年5月にパリへ進出し、住所は11bis番地。近くの7番地には来々軒があり、しかも内装がやたらと洗練されていて、冷やし中華が看板メニューになっていた。
餃子がフランスで定着しているという肌感覚には、根拠がある。味の素がノルマンディーのル・ヌブール工場に1,300万ユーロ(約24億円)を投じて2,000平米の餃子専用棟を建て、2023年9月から三交代で1日数万個を生産しているのだ。2工場で合計2,500万ユーロ(約46億5,000万円)を投資し、フランスの量販店の70%に配荷、欧州事業は4年で倍増。パリで入ったスーパーでもふつうにお惣菜コーナーに餃子が置いてあり、驚いた。
日本の日常食が、パリでは選ばれた食文化として再設計されて出てくる。ここにも一段の翻訳が挟まっている。
体験のグラン・ブルヴァール

同じ日、オペラ近くで見かけたのが「La Tête dans les Nuages」というゲームセンターだった。住所は5 boulevard des Italiens、2区である。
中には入らなかったが、外から見えるのは個人向けというより、家族やパーティーを意識したアーケードの並びだ。調べてみると1,500平米でヨーロッパ最大級とされ、営業の柱は子どもの誕生日パーティー、企業の貸切、レーザーゲーム、フリープレイ。見立てはそのまま施設の設計だった。
11区のヴォルテール大通りが物販、2区のグラン・ブルヴァールが体験、そしてサンタンヌ通りが食。同じJカルチャーでも、街ごとに客層と売り方が違う。パリの日本文化は、少なくとも三層に分かれていた。
日本企業だけが期間限定だった

そのサンタンヌ通りの12番地に、アニメイトがあった。ブランドのバッグ店らしき店舗の隣、ルーブルから5分強という好立地である。店内ではエキスポ会場のブースの打ち合わせをしている日本人の姿もあった。
ただ、ここには但し書きが要る。
これは常設の店舗ではなく、ポップアップストアである。 2025年7月1日にフランス初出店し、2026年7月7日に再オープンした。Japan Expoの開幕が7月9日だから、明確に催事に合わせた出店だ。
そして入居先が象徴的だった。「Maison Wa Sainte-Anne」は、ジャパンプロモーションが2015年から運営している「テスト販売と海外展開支援」の拠点である。普段は陶芸ギャラリー、水引のデザインユニット、リサイクル着物の企業、そして青森、秋田、京都、山梨、岐阜、福井、佐賀といった地域の産品を委託販売している場所なのだ。
つまりアニメイトは、まだ本格進出の前段階、テストマーケティングとしてここにいるわけである。
2日間歩いて見えてきた構図は、これだった。
現地の資本はすでに常設で根を張っている。Manga Storyも、Tsume Artも、Sat.Elite Gamesも、La Tête dans les Nuagesも、店を構えて何年も回している。一方で日本企業は、まだ期間限定で試している。
それでも、率直に書いておきたい。丸一日歩いて私の中に残ったのは、「思ったより小さい」という感覚のほうだった。
パリのJカルチャーの中心地は数軒分の間口に収まり、店の中は濃いけれど、明らかに一部の愛好家の世界に見える。日本を代表するアニメ専門店ですら、テスト販売拠点の中のポップアップだ。
この密度で、本当に20万人以上が集まるのだろうか。
半信半疑のまま、私は翌朝、パリ北ヴィルパント展示場へ向かった。
そして、その予想は気持ちのいいくらいに外れることになる。
(中編に続く)














