増井健仁がビジネス、エンタメ、政治など様々な分野のキーパーソンを迎え、“いま起きていること”と“これからの社会”を多角的に読み解き、新しい視点とヒントを届ける「MEDIAMIXI with interfm」。2026年5月12日放送回は、元吉本興業ホールディングス代表取締役会長の大﨑洋氏が登場。

1953年、大阪府堺市生まれ。1978年に吉本興業に入社し、ダウンタウンをはじめ多くの芸人のマネジメントを手がけながら、東京進出や新規事業の立ち上げ、地方創生などを通じ会社の姿を作り替えてきた。2009年に代表取締役社長に就任、当時約60年続いていた上場を非上場化するにあたっては420億円の債務について、個人で連帯保証人となった逸話でも知られる。

2019年に代表取締役会長、2023年6月に取締役を退任。同月、一般社団法人mother ha.haを設立し代表理事に就任。2023年5月からは大阪・関西万博催事検討会議の共同座長として、万博の催事企画の検討に携わった。

2027年4月には、広島の学校法人幸和学園(新谷耕平理事長)が運営する広域通信制・単位制普通科高校「雨ニモマケズ高等学校」の校長に就任予定。

「気がついたら吉本に入ってて、気がついたら社長になってて、気がついたら会長になって、我に返ったら辞めてた」と笑いながら振り返る大﨑氏が、吉本興業非上場化の舞台裏、時代の「物差し」の話、共同座長を務めた大阪・関西万博、そして次に仕掛ける通信制高校「雨ニモマケズ高等学校」の構想までを語った放送のハイライトをお届けする。

非上場化と同時に420億円の連帯保証人に

増井「55歳で社長になられて(中略)非上場化っていうのが一番のポイントだったと思うんですけど、基本的にはビジネスをやる方たちは上場を目指すじゃないですか。それを(中略)会長が非上場化しようと思われた最も主な原因って何だったんですか?」

「当時の外部環境の変化というか、今から何年前?」

増井「2009年とかですかね、非上場は」

「賢いな。よう覚えてるな」

増井「書いてあるんで(笑)」

「その頃、新しいメディアが出てきたと。1990年代にインターネットが出てきたと。あ、インターネットが出てきたら、テレビちょっとやばいなと、なんとなく感覚で思って。テレビっていう番組があって、そこにバラエティっていうジャンルがあるので、漫才師さんたちの仕事場もあるんだなって思って、吉本はやってきたんだけど、そのインターネットがパソコンなのか、その頃ガラケーなのか、新しい機器が出てくる中で、そこにどんなメディアが出てきて、バラエティというジャンルがありやなしや、当時は誰も誰もわからない」

増井「はい」

「上場してると、月次やクオーターベースで数字に追われて、昨対でどうのこうのってやらないかんのを、どの番組が当たって、どの芸人さんが当たって、どのイベントが当たって、そんなもんやってみなわからへんちゅうねんという時代になるので、数字に追われないチャレンジな会社にしなきゃいけないと思って、非上場にせなあかんと」

増井「なるほど」

「もう1個は、反社と興行の世界がもともと繋がりがあったので、株主さんで反社っぽい人も大勢株主総会に来はったりして、もう邪魔くさいやん、そんな人たち相手すんの。こっちはいろんな本業の仕事もあるのにって。(中略)外部環境の変化と、そういう方たちの退場を願うということで、よし、非上場にしようと思って非上場にしました」

増井「(中略)個人で420億円の連帯保証人になったわけですよね」

「なんぼやったかな。覚えてないけど。(中略)もちろん数百万円しか、貯金はなかったんやけど、銀行さんとの契約の中で、その一筆がないと銀行さんもお金貸してくれへんし、そのプロジェクトに賛同もしてくれへんから。で、万が一というか、失敗したら自己破産して逃げ出してどこか海外に逃亡するみたいな」

増井「恐怖とかないんですか?」

「だからもう実感として、あれへんもん」

増井「もう桁違いすぎて」

「(中略)それやらないともう非上場できへんかったから。なんか説明をわーっと受けて「はいはい、了解。OK」って」

増井「サインしちゃうんですか?すごい」

「だってさ、もともとさ、アホで吉本に入ってさ、もう一回そのアホに戻ったらええだけのことやから。そら、社長になったらさ、確かに高い飯食えるやんか。(中略)10万円のメシ食べるやんか。「やっぱり美味しいな」って思うんやけど、休みの日の夜中にお腹減ってチキンラーメンと冷ご飯をカーって食べたらうまい。(中略)どっちもうまい。「これなんやろな、人間って」って思って。「そうや、何食ってもうまい俺になるのが一番幸せや。元に戻ったらええだけや。別に10万円の飯食えなくても、チキンラーメンと冷ご飯ぐらいは食えるやろうから、そっちもうまいからそれでええんちゃうかな」と。(中略)洗いざらしの清潔な服さえ着てればええやろうから、それに戻るだけやし、なんやったらそっちの方が意外と楽しいかもなとか、いろいろ思ってサインした」

万博の成功を確信した初日の朝

大﨑といえば、万博の共同座長も務めた印象も強い。その舞台裏についても増井は聞く。

増井「万博もやる前って、めちゃめちゃディスられていたじゃないですか。だけど、結果終わったら大成功、なんなら入れないみたいなところまで行ったじゃないですか。あれ、会長はどのタイミングで「万博は成功する」ってわかるんですか? 最初から、わかってて共同座長を受けたんですか?」

「万博が始まる前の頃に、新聞社さんに万博の仕事で行ったりしていると、1970年当時の万博の新聞をずらずらって並べてはったりしてて。それを見ると、70年の万博の時も始まる前はボロカスに書かれて、始まっても最初はずっとボロカスだったけど、終わりに向けて、だんだん満員になったりしていたんで。そんな感じやろうなって思っていて。万博の初日に朝からもちろん行ってるんやけど、小学生や中学生が学校からわーって来てて、パンフレットとノートと鉛筆とお弁当と水筒を肩から下げて、走り回ってたんで「あ、これはもう必ず成功するな、よかったよかった」って初日に思いました」

増井「そうですか。会長が今までやられてきたことを拝見してると、結構向かい風のものに突入されていく印象が、すごい強いんですけど、それはあえてですか?」

「いやいや、たまたまやな」

増井「たまたま? 人間って基本的には楽そうな方に行きたくなるじゃないですか、どうしても。ちなみに会長、自分が知る限りですと、全くもってスピードが落ちてないし、すごいヘビースモーカーだなと思っているんですけど、元気の源ってどこにあるんですかね?」

「自分ではわからへん。2年浪人してるし、半分コネ入社みたいなとこやし、入社順位ビリケツやったから。(中略)そんな僕なんやけど、芸人さんが「くん。今度一緒にしようか」とか、「さん、これやっといてくれへん?」とか、それこそ「タバコ買いに行ってきて」でもかまへんし、頼んでくれるんよな。なんか「」って言って。それがめちゃめちゃ嬉しくって。人にものを頼んでもらえるのが、あるいは頼ってもらえるのが。「いやいや、あんたよう知らんけど、俺思ってりゃあへん」とも言わずに、もう二つ返事で「わかった。ありがとう。やるわ」でずっとやってきただけのことなんや」

増井「じゃあ人から期待をされるというか、そういうのがモチベーションにずっとなっている。」

「そうそうそうそう。だから頼まれたらもう絶対やる。よっぽどのことないから。もう「はい、ありがとうございます」って。吉本を辞めてからもうそうしようと思ってる」

通信制高校のおもしろさから校長に

そんなは、2027年4月1日、全国から通うことができる「雨ニモマケズ高等学校」の校長に就任する予定だという

増井「会長、学校の校長先生になられるって伺ったんですけど」

「去年の10月か11月に広島銀行さんから講演で呼んでいただいて、(中略)名刺交換会というか、親睦会というかやるじゃないですか。で、40歳くらいの人が後日訪ねてきてくださって。「(中略)いよいよ全国海外からも募集できる通信制高校をやるんです」って。「そうなん。えらいな、賢いな」とかって言ったら、「あのダメもとでお願い、ご相談なんですけども、校長先生をお願いできませんかね」って。(中略)それで「やるわ」って言って。その時に頭の中で思い返したのが、漫才師のマネージャー6年やってて、吉本に入った時に、今でこそちゃんとした大学出たり、ちゃんとしたとこの子が漫才やったりしてるけれど、そういうなんかやんちゃなやつ集めて、漫才を覚えてもらって、職業訓練じゃないけども、個人事業主として皆やっていけるっていう流れの中で、今の若い子たちのマネージャーみたいなことができるんやったら、校長先生も僕の中ではつながるし、そういう時代になったのかなと思って。今って、高校生の10人に1人が通信制高校なんよね」

増井「そうなんですか。へー」

「で、通信制高校がおもしろいなと思ったのは、3年間で74単位取るんかな。そのうちの40単位は文科省のレギュレーションなんやけど、残りの単位は校長先生が「それ授業の一つや」って言ったらOKなんやって。なので「サツマイモの苗植えて育てて、秋に収穫して、キャンプファイヤーして、そのサツマイモを皆で食べて、振り返りで、この一年で土を触って学んだこと、レポートを書きなさい」を校長さんがOKって言ったらOKなんやって」

増井「それで単位になるんですね」

「せやねん。だからダンスを教えてもらってもええし、青森県のおばあちゃんが代々食べている朝ごはんの勉強をして、そのレシピを作って感想文を書いても授業。それは面白いなと思って。今の通信制高校ってそんなシステムになってるんやと。もちろん大学行く子もいてるし、早くからダンサーになりたいので、昼間の高校に行ってるとダンス習う時間が少なくなるので通信制高校に行きますって子もおるし、体調が悪くて昼間から行けませんとか、経済的に大変なので高校に行けません、でも通信制高校やったらアルバイトしながら学費自分で少し稼いでって子もいるんでね。バイトしながら高校行ってる子とか、いろんな子がいてて、「あ、それもなんか吉本で漫才師のマネージャーやってきたことと似てるな」と。(中略)一緒に手持って道の真ん中を顔を上げて歩けるように一人でもしてあげたら、吉本でやってきたことと僕の中ではつながってるし、漫才師のマネージャー、校長さんやってもええ、そういう時代になってきたんやなってなんか思えてきて。俺に向いてるかも、やれるかも、やりきったろって思ってます」