2026年4月14日、ビジネス・エンタメ・テクノロジーの最新トピックを横断してお届けするラジオ番組「MEDIAMIXI with interfm」の第2回放送がオンエアされました。ナビゲーターの増井健仁が迎えたゲストは、2024年3月で放送作家を辞め、現在はto C向けファンドのスタートアップファクトリー代表を務める鈴木おさむ氏。

BAD HOPの東京ドーム公演の舞台裏から、放送作家からの電撃的な転身の経緯、そしていま業界で声高に叫ばれる「IPの本質」まで、エンタメの最前線を知り尽くす2人が縦横無尽に語り合った放送のハイライトをお届けします。

川崎の牛タン屋の前で2つの「解散」が同時に降ってきた夜

増井「おさむさんと初めてお会いできたのは、SMAPの元チーフマネージャー・飯島三智さんのおかげでしたね」

鈴木「『SmaSTATION!!』の現場ですね、多分」

増井「スマステもそうなんですけど、記憶をたどっていくと、一番最初は山P(山下智久)がNEWSを脱退してソロになった時です。あの最初のコンサートのリニューアルで、『山Pからのメッセージをステージで手紙として読もう』と演出の打ち合わせをしていたら、『おさむに書いてもらうわ』って話になったんですよ。とうとう飯島さんから『おさむ』って言葉が出た!と思って、超楽しみで」

鈴木「そうだ、そう。山PがNEWSを辞めてソロになるという事実を『隠さない』というのは、飯島プロデュースのやり方の一つなんですよね。ファンが悲しいと思っていること、寂しいと思っていることも、あえて自分から言わせる。山Pの時もそんな感じで、山Pから気持ちを聞いて、それを手紙にするというのをやりましたね。それが一番最初だ」

増井「山Pの手紙で味を占めたかどうかわからないんですが、のちに同じようなことがあったわけですよ。それがBAD HOPでした。彼らは完全なインディペンデントで世の中を動かしてきて、当時最年少で日本武道館のコンサートをやり、横浜アリーナも決まっていた。そんな中、中心メンバーのYZERRには『27歳で一旦BAD HOPという役割を果たし終えよう』というビジョンがあったんですね。ありがたいことにYZERRがビジネスパートナーとして僕を選んでくれて、川崎にある彼らのスタジオで話した後、Tiji Jojoさんたちと有名な牛タン屋へ行くことになったんです。行列に並んでいる途中でちょっと抜け出して、おさむさんに電話して『今川崎にいるんですけど、BAD HOPのパートナーになることになりました。東京ドームもやるんですけど、さっき最初のミーティングで彼らが解散すると言いました。おさむさん、力貸してもらえませんか』って。そしたらおさむさんが、『あ、増井くんにちょっと言わなきゃいけないことあるんだけどさ。俺、放送作家辞めるんだよね』って、いきなり言ってきたんですよ(笑)。ちょっと待って、BAD HOPの解散を5分前に聞いて、今度は鈴木おさむさんから放送作家を辞めると聞くという・・・川崎の牛タン屋の前で震えましたよね」

鈴木「そのタイミングでね(笑)。BAD HOPはヒップホップフェス『POP YOURS』で解散を発表したいと。解散を発表してそこで『東京ドームでやります!』って言いたいわけだけど、まだ東京ドームでやるって言えなかったんだよね。国内ヒップホップアーティスト初の東京ドーム単独公演は初になるから、会場側も警備の問題などがあって慎重になっていて、完全決定じゃなかった」

増井「東京ドームからの許諾がまだ取れていない状態だったので、断言はできなかったんです」

鈴木「そうそう。でも彼らは『POP YOURS』で発表したい。増井くんからは『それを言っちゃうと(ドーム公演自体が)なくなるかもしれない』と相談されました。会ったのが火曜日とかで、土曜日に発表するというタイミング。『東京ドームってどう伝えたらいいか』といきなり無茶ぶりされて(笑)。でもその時、パッと思いついたんです。「解散するって発表して、みんなに『どこでやってほしいか』って聞いたらどうですか?」と。アリーナまで行っているグループだから、ファンからは絶対に『東京ドーム!』って声が上がってくる。みんなからの声を聞くという行為=『東京ドームでやる』という匂わせに聞こえるんじゃないかっていう演出をやったんですよね」

増井「彼らが作った文章も、おさむさんが『もうちょっとここは煽った方がいいんじゃないか』とブラッシュアップしてくれて」

鈴木「あそこからだよね、本格的に動き出したのは」

増井「だから、あれはおさむさんだったから全員が同じ方向を向いて進めたなと、本当にそう思います」

T-Pablowの賭けと100万円の軍資金

鈴木「ABEMAでやった1000万生活も大変でしたよ。始まった時は、よくメンバー全員集まったなと思いました。でも、T-Pablowがギャンブルに行って負けたじゃないですか(笑)。『負けて帰ってきた時、悔しいけど俺は分かった。勝つ方法が見えたんだ』って言っていて。まだ撮影が残っているのに、『だから(韓国行きの)チケットもう取っちゃった』と。だから、あの時ばかりはYZERRもさすがに『いや、それは違うでしょ』と止めたんだけど、お金もなかったし、俺もそっちの熱に乗るしかないなとアドレナリンが出ちゃって。自分で銀行から100万円下ろしてきて、『これを軍資金にしてくれ』って渡すというとんでもない流れになっちゃって」

増井「あれはドキュメンタリーとしても動いているから、T-Pablowとおさむさんしか撮影中に直接連絡を取っていなかったんですよね。おさむさんには『今こうなってます』と報告がいっていて、負けたことも含めて、戻ってきてもう行くって決めちゃってた」

鈴木「翌日(韓国へ)行くんですけど、行った後、マジで俺にしか連絡してこないんですよ。最初はすぐ戻ってくるって言っていたのに、全然戻ってこない。最終日の夕方前くらいに飛行機に乗るんですけど、その日の朝にいきなり動画が送られてきて。『飛行機です、朝日が眩しいです』って言いながら袋をバーンって開けたら、とんでもない量のお金が入っていて。100万円が一千数十万円になったんですよ。本当にT-Pablowが戻ってきて大金を出した時、みんな『嘘だろ!?』って。大体ああいうのって負けて終わるじゃないですか。でも彼は本当に見えていたんですよ、勝つ方法が」

増井「あれは神がかってましたよね」

鈴木「神がかってた」

増井「スターってこういうことなんだなと思いました。あの時、おさむさんが1週間の番組を作ってくださることが決まった瞬間に、『勝ったな』と思ったんですよ。というのも、BAD HOPって強面なイメージが先行していましたが、僕から見るとイケメンの集まりなんです。おさむさんが彼らのパーソナリティや、わちゃわちゃした姿を引き出してくれると分かった瞬間、絶対に女性ファンに刺さると確信して。案の定、最終的に東京ドームのチケットはソールドアウトしましたが、男女比が6対4で、女性客が4割にまで増えていたんです」

ロレックスと失っていたアドレナリンを取り戻した7日間

鈴木「それで撮影が終わって、増井くんから電話がかかってきて『メンバーがおさむさんと写真を撮りたいと言っているから、(撮影していた)ハウスに行ってほしい』と。でも行っても全然来なくて、1時間くらい待たされたんです。この1週間で彼らのペースには慣れていたんですが、待っていたらいきなりカメラクルーを連れて現れて『お世話になったんで』って、メンバーがそれぞれお金を出して、とんでもなく高いロレックスの時計を買って持ってきてくれたんですよ。」

増井「待たされていた1時間の間に買いに行ってたんですよね。」

鈴木「あんな高くていい時計、普通1時間で買えないじゃないですか。売っているところも知っていて、買いに行って僕のところに持ってきた。僕が放送作家を辞めた理由って、『アドレナリンが出なくなったから』だったんです。毎日のようにとてつもないアドレナリンが出ていた日々がなくなってしまった。だからこの業界を辞めて新たな扉を開こうと思っていたんです。でもあの撮影の一週間は、俺がめちゃくちゃ疲れて家を出る時に、うちの奥さんがパッと見て久々に『いい顔してんね』って言ったんです。失っていたワクワクを、あの1週間で、最後に彼らがくれた。新しいスターグループですよね。彼らがそれをプレゼントしてくれたんです」

増井「BAD HOPもそうだけど、自腹で100万円を出すってことも相当ですよ。だってその場で決めなきゃいけないし、大島さんからT-Pablowへの動画もおさむさん預かってきてて見せてましたもんね。『お前、家計の100万ってどういうことかわかってんだろうな!』みたいな(笑)」

鈴木「大体こういう奴は勝つって言って負けるんだよみたいな(笑)。でも本当に、うちの奥さんも普段は俺の作品をあんまり見ないのに、あれだけは本当に楽しみにしていて。蜷川実花ちゃんとか、いろんな業界の人たちもライブに来てくれて、街中でもたくさん声をかけられて、反響もすごかった。最後に作り手としてあんな番組を作れたというのはすごく嬉しいですよね。」

テレビの変化と視聴率100%の「罪」

増井「現在のお仕事でいうとNetflixの『This is I』と、ちょうど始まったばっかりの『102回目のプロポーズ』も手掛けていますよね」

鈴木「そうですね。『102回目のプロポーズ』は、2022年に映画『トップガン マーヴェリック』を観たのがきっかけなんです。30年ぶりの続編なんて誰が観るんだよって正直思っていたのに、大ヒットしたし、観たらめちゃくちゃ面白くて。『この手があったか!』と。日本で何かできないかと考えた時に、『101回目のプロポーズ』の武田鉄矢さん演じる星野達郎は、今何してるんだろう?」と思ったのがスタートです」

増井「『102回目のプロポーズ』が面白すぎちゃって、TVerで3回もリピートして観たんですよ。『ストレンジャー・シングス』の中で『スター・ウォーズ』のオマージュが出てくるように、リバイバルだけでなく、過去の資産との掛け算がめちゃくちゃ詰まっている。昔のテレビ作品の作り方と、今の作り方で最も違うことって何ですか?」

鈴木「昔は『テレビが全て』だったじゃないですか。テレビのど真ん中でやることでムーブメントを生むと思って作っていた。でも今は、役者も作り手も『テレビとNetflix、どっちのドラマを作りたい?』と聞かれたら、Netflixと答える人が多いと思うんです。大根仁監督が作った『地面師たち』なんかは、テレビだったら絶対にできないですよね。でも面白いのは、昔の作品も含めて今はサブスクなどで観られるということ。昔の作品が今も観られるからこそ、それをフリにして新しいものが作れる。一方で、面白い作品もあるんだけど2000年代に刑事ドラマと医療ドラマが増えすぎたことが、テレビをダメにしてしまった要因の一つだとも思っていて、2010年代に『F3層』と呼ばれる50歳以上に向けてばかり番組を作り始めてしまった。視聴率という指標に頼りすぎた結果、一番腐ってしまった部分だと思います。いまだに『視聴率100%=日本人全員が見ている』と勘違いしている人がいるのが問題なんですよ。20年くらい前の資料で、『視聴率1%は30万人くらいではないか』という説を唱えている人がいて、なんかそれリアルだなと思って。もし1%が30万人だとしたら、100%でも3000万人で、国民の4分の1にすぎない。テレビを持っていない人も、見ていない人も死ぬほどいるじゃないですか。そこの事実を、テレビ局も広告代理店も明確に言わないのが、いまだに一番の『罪』だと思っています」

増井「なるほど、本当は分母が違うんですね」

鈴木「仮に今、視聴率20%という番組がごくまれにあったとしても、国民の5分の1が見ているわけじゃないですよね。昭和の70年代とか80年代中盤くらいまでは、視聴率100%が1億人に近い時代はあったかもしれない。でも今は違う。『現在の視聴率100%とは、具体的に何人なのか』という指標を、1回本気で国レベルでマーケティングして再定義した方がいいと思うんです。それをやらないと、みんなずっとテレビに文句を言い続ける気がします」

増井「今のお話ですごく腑に落ちたんですが、例えばYouTubeで『300万再生された』という場合、分母が3000万人だとしたら、10%を取っているのと同じくらいの影響力があるということですよね」

放送作家はロイター板ビジネス

増井「おさむさんのスタートアップファクトリーの話も聞きたかったんですが、そもそもなぜ放送作家を辞めてベンチャーキャピタル(VC)を始めようと思ったんですか?」

鈴木「2011年の震災後くらいからサイバーエージェントと仕事をするようになって、『25歳の子がプロデューサーです』みたいな環境に驚いたんです。テレビではありえないじゃないですか。でも『これからの時代、マジでこうなっていくんだろうな』と痛感しました。その後、サイバーエージェントの投資チームと関わる中で、2018年に『藤田ファンドが復活する』という飲み会に呼ばれたんです。そこで出会った起業家がいて、彼と飲んでいる時に『放送作家辞めようと思ってるんだよね』と話したら、『えっ、じゃあ本気でファンドやらないんですか?おさむさん向いてると思うんですよね』と言われて、雷が落ちるような感覚があったんですよね。放送作家って『ロイター板のビジネス』なんですよ。SMAPやBAD HOPという才能がいて、そのロイター板になってあげることが一番の役割。足りないジャンプ力を補ったり、今まで見たことのない景色を見させてあげる。それって、スタートアップを支援する投資家の仕事とめちゃくちゃ似ている部分があるなと思って、ファンドをやろうと決意しました」

増井「今のVCとしての活動はどういう感じなんですか?」

鈴木「VCってお金だけ出してあとは自由にやらせるタイプと、『ハンズオン』と言って細かくサポートするタイプに分かれるんです。僕はどちらかというと、必要とされるのであれば月に1回は会議に入って、ガッツリとアイデア出しをするタイプですね」

増井「『体験を提供する』というエンタメの役割をビジネスに持ち込んでいるわけですね。投資先の企業から『おさむさんにコンテンツを作ってほしい』と頼まれた場合はどうするんですか?」

鈴木「ファンドのためになるものはやりますよ。キットカットの動画をSNSでバズらせていた『OASIZ(オアシス)』という投資先の会社がドラマを作るので、『脚本監修してくれないか』と頼まれました。投資家が脚本を見るって笑っちゃいますけど、『ちゃんとお金は取るよ。通常よりは安くするけど』と言って、しっかり脚本監修しました」

増井「じゃあ、投資家としてはハイブリッドな投資家になってますよね」

鈴木「他の投資家にはできないですよね。『E-VENT』という増田くんという26歳の社長がやっている投資先があって、面白いイベントをたくさん作るんです。ヤンキーブームが来そうだから、大ヤンキー展ってのをやろうって言って展示イベントを計画していたら、始まる直前ぐらいに『ラヴ上等』のブームがあって、岩橋さんという伝説のヤンキーにイベントの監修をしてもらってたから、『ラヴ上等』の人とかも遊びに来てくれたり、バッドボーイズの佐田くんがYouTubeをつくってくれたりして。、大宮のマルイで爆発的にヒットしました。そのおかげで、今度は北千住のマルイでやりませんかと声をかけてもらって、イベントサイズもかなり拡大して開催することになりました。潜在ヤンキーってめちゃくちゃたくさんいるんですよね。40〜50代がお金を使ってくれました。その時、スタートアップだからこそデザインはちゃんとしなきゃダメだと思って、90年代から数多くの作品を手掛けてきた田中秀幸さんにキャラクターデザインを頼んだんです。田中さんが作ってくれたキャラクターのグッズがめちゃくちゃ人気が出ました。グッズが売れるということは、そこに『IP』が誕生するということですよね。アニメや漫画から作るだけでなく、イベントからIPを作るというのも新しいやり方だなと実感しました。」

IPとは何か——ヒットとIPは全く違う

増井「おさむさんはエンタメの世界でゼロから世界観を作り上げてきたからこそ、『IPの作り方』や『IPが遊べる土壌の設計』が腑に落ちているんだと思います。最近、ビジネス界隈で『IP』という言葉が一人歩きして、『IPを作りたい』と安易に言う人が増えていますが、これについてどう感じていますか?」

鈴木「いや、ほんと腹立ちますよ(笑)。『簡単にここにIPを入れたいんだよね』とか言われると『そういうことじゃねえから!』って。今ちょうどIPに関する本を作っているんですが、僕が考えた結果、『ヒット』と『IP』は明確に違うんです。ヒットからIPにつながるものもあるけれど、ワンショットのヒットで終わってしまうものもある。違いは何かというと、ファンとの『関係性』を作れるかどうかです。出版社のようにゼロからIPを作る仕事の人はいいんです。でも第三者が『金出すからIP作ろうぜ、儲かるから』と言ってくるのは本当に腹が立つ。そういうお金はいらないんですよ。愛情を持って本気でやるならいいけど、IPはただの道具じゃないですから」

増井「お金があるからできる、ないからできない、という話ではなく、クリエイティブの根幹の話ですからね」

鈴木「例えば『X(旧Twitter)から簡単に面白い漫画が見つかるんじゃないの?』と言う人もいますが、もし『まだブレイクしていないけど面白いと思う漫画1000個をリスト化して研究しています』と言う人がいたら、愛があるから信用できる。でも『なんか当たりそうなやつ探してよ』みたいな人の下では、クリエイターは絶対にやりたくない。BAD HOPが増井くんを選んだのも、単に東京ドームができるからというだけじゃない、人間的な理由があったはず。IPを作りたいのであれば、本気で『オタク』に投資しなきゃいけないですよ。彼らははこだわりが強くて扱いが難しいけれど、そういう人たちの『ファーストペンギン』になってあげたいなと思っています」

テレビが捨てたものを拾う「鈴木おさむに全部ハナシます!!」

増井「最近、突然開設されたYouTubeチャンネル『鈴木おさむに全部ハナシます!!』をめちゃくちゃ見ています。一発目に堀江貴文さんが出てきて、フジテレビ騒動の裏側を再現ドラマ付きで語るという。なぜあの番組を作ろうと思ったんですか?」

鈴木「プロデューサーの高橋くんという人に『YouTubeやりませんか』と言われて、最初は『今更YouTubeはきついよ』と断っていたんです。でも『何か新しいことができるかもしれない』と投資してくれることになって、じゃあ堀江さんのフジテレビ騒動を再現ドラマ込みでガッツリやれるなら、ということでスタートしました。でも毎回あんな大掛かりなことはできないので、『自分にしかできないインタビュー』をやろうと、大崎さんの出演を相談させてもらいました。あえてこの言い方をしますけど、絶対に会うのが嫌な人の方がいいんですよ。すごい興味あるけど、やっぱ僕からしたら怖いわけですよ。だから増井くんに電話して、手紙書いたんだよね」

増井「ここでまた手紙が出てきますね」

鈴木「そう。増井くんに手紙を渡してもらって、朝のセルリアンタワーで一緒に朝ご飯を食べて、出てくれることになりました。あれをやったことで自信がついて、ダメ元で秋元康さんにもLINEしたんです。そしたら『おさむのお願いは断らないから』と言ってくれて、2時間くらい収録しました。最近だと藤原紀香さんにも出てもらって、めちゃくちゃ面白かったです」

増井「藤原紀香さんは何を話しに来てくれたんですか?」

鈴木「これまで試してきた美容法や健康法の中で、ベスト3を教えてくれと。テレビだと『信憑性はあるのか』とか色々言われて、芸能人が本当に好きな美容法って意外と自由に喋れないんですよ。そういう『テレビが捨てていったもの』を自分で拾って、あえてテレビのような編集でYouTubeで届けるのがいいかなと思ってやっています」

MEDIAMIXIへのアドバイス「なぜこの人なのか」

増井「この4月から我々も『MEDIAMIXI』というメディアを立ち上げたんですが、これから人が集まるメディアにするために、何が必要だと思いますか?」

鈴木「『大勢を狙わない』というのが結構大事だと思います。メディアが細分化している時代なので、どういう人に向けて発信するのかを明確にする。僕のYouTubeチャンネルでも、『この人を出せば数字が取れる』と色々な名前を提案されて悩みました。でも、結果的に投資家の田中渓さんに出てもらった動画がすごく回ったんです。それは僕と彼との間に『本を通じた関係性』があって、彼が出る必然性があったからです。キャスティングにおいて『なぜこの人なのか』という文脈が一番大事だと思います」

増井「確かに、田中さんの動画はめちゃくちゃ回っていましたね」

鈴木「僕がこのラジオに出ているのも、『テレビメディアの代表』みたいに思われがちですが、最近は『伝説のラジオ』などの切り抜きがYouTubeで回ってきているおじさんだからだと思うんです(笑)。だから、その人を選ぶ意味、『なぜこの人なのか』を深掘りしていくことがメディアには必要だと思います」

増井「ありがとうございます。その言葉を念頭に、今後のメディア運営を続けていきたいと思います。本日のゲストは、スタートアップファクトリー代表の鈴木おさむさんでした。ありがとうございました!」

増井健仁 エンディングコメント

鈴木おさむさんの放送作家時代からの『景色の作り方』、そしてスタートアップファクトリーでの新しい『社会の景色の作り方』。本当に憧れますし、勉強になりました。簡単に真似できることではありません。今日一番の学びは、『IPを作りに行く』ということにおいて、新しい景色を作る時に、土壌を耕すだけでなく、『植える種自体を自分たちで開発していく』ということの重要性です。人から借りるのではなく、自分たちでIPを生み出していく覚悟こそが、これからのエンタメビジネスにとって最も大切なキーワードだと感じました。また来週お会いしましょう。さようなら。

エンディングは、鈴木おさむの選曲——BAD HOP「Last Party Never End」


増井健仁 プロフィール

2010年ワーナーミュージック・ジャパン入社後、ディレクターとして山下智久などのアーティストにおいて、音楽主要チャートで数々の1位を獲得し、アーティストの楽曲ヒットに貢献したのち、プロデューサーとして新しい地図プロジェクトの立ち上げや、HIP HOPとして日本初の東京ドーム公演となったBAD HOP THE FINAL at TOKYO DOMEのプロデュースなど、日本のエンタテインメント界において新たな時代を創出。

2021年からWarner Music Entertainmentのヘッドを務め、2023年に執行役員に就任、戦略企画室室長として同社のブランディングに重要な役割を果たした。2025年4月、株式会社MIXI エグゼクティブ・プロデューサーに就任し、2026年4月より現職。