Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、8月6日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。

■東野圭吾さんの作品が6作ランクイン

今回は7月27日から8月2日までの文芸部門のチャートを元に解説する。ランキングが大きく動いた週だった。7月23日に東野圭吾さんが亡くなったことが7月27日以降に報じられ、世間に衝撃を与えた。SNSでも、東野さんの作品との思い出を添えて追悼する声が数多く見られた。その影響もあり、今週は東野さんの作品が急上昇し、6作品がランクインした。改めて、東野さんの作品が多くの人に愛されていることがうかがえる。

まず、2位には今年6月に発売された『魔女と過ごした七日間』がランクイン。本作は『ラプラスの魔女』シリーズの第3弾だ。さらに注目したいのは4位の『白夜行』。本作は1999年に刊行されたものだが、数多くある東野さんの作品の中でもとりわけ人気の作品。これまでに舞台化、テレビドラマ化、映画化されている。

5位には第134回直木賞受賞作の『容疑者Xの献身』がランクイン。本作は『ガリレオ』シリーズの3作品目で、福山雅治主演で映画化された。『ガリレオ』シリーズとは、ガリレオと称される天才物理学者の湯川学が、常識を超えた謎に挑むミステリー。シリーズ最新作の『永遠の記憶』が8月5日に発売された。

さらに、8位に『白鳥とコウモリ』上巻、12位に下巻が登場。本作は松村北斗と今田美桜のダブル主演で9月4日に実写映画が公開される。映像化作品ということで、翌週以降も注目が集まることが予想される。

18位には『ナミヤ雑貨店の奇蹟』がチャートイン。本作の舞台はあらゆる悩み相談に乗る不思議な雑貨店。心温まる感動作となっている。

夕木春央の『楽園』は先週の2位から順位を上げて1位に。3位に朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』、6位に凪良ゆうの『星を編む』、7位に松下龍之介の『一次元の挿し木』が先週に引き続きランクインした。また、野宮有の『殺し屋の出世術』は16位に初登場。本作は本屋大賞6位となった『殺し屋の営業術』の続編となっている。

東野圭吾さんの代表作であり名作『白夜行』

今回は文芸部門チャートで4位、”Heisei Books”チャートで1位を獲得した東野さんの『白夜行』をピックアップ。”Heisei Books”は、全体のランキング”JAPAN Book Hot 100″から平成に初版が発売された書籍を抽出し、順位化したチャートだ。

『白夜行』は東野さんの代表作ともいえる長編ミステリー小説。物語は1973年、大阪の廃墟ビルで質屋を経営する男が殺された事件から幕を開ける。容疑者は次々に浮かぶものの、事件は迷宮入りしてしまう。本作のメインとなる人物は被害者の息子・桐原亮司と容疑者の娘・西本雪穂。暗い眼をした少年と、並外れて美しい少女だ。

この物語は複数の人物の視点で語られる多視点小説だが、亮司と雪穂の視点では語られない。彼らの周りにいる人物の目を通して、2人の行動や周りで起こっていることがわかるという構成だ。物語の中心人物でありながら、亮司と雪穂の心情ははっきりと語られることがなく、あくまでも読者が想像するしかない。その余白こそが本作の魅力であり、おもしろさでもある。

作品を読み進めていくと、次々と伏線が張られていることはわかるのだが、その全貌はなかなか掴めない。だからこそ次は何が起こるのかと続きが気になり、かなりの長編でありながらも夢中になって読んでしまう。しかし本作は「事件の謎を解明する」というような単なる謎解きのミステリーではない。人間が抱える闇や秘密、そして重厚な人間ドラマがさらに本作の魅力を引き上げている。

私も改めて読み直したのだが、寝不足になるまで物語にのめり込んだ。結末を知っているはずなのに、読後は鳥肌が立ってしまうほどだった。何度読んでも夢中になれる物語の進行と人間ドラマは、さすがとしか言いようがない。

亮司が生きる世界と雪穂が生きる世界がリンクして数々の伏線がつながったとき、読後には『白夜行』というタイトルが深く胸に残るだろう。

世代を超えて読まれる”お守り本”『西の魔女が死んだ』

2冊目のピックアップは、”Heisei Books”チャートで14位の『西の魔女が死んだ』(梨木香歩著)。本作は1994年に刊行された小説で、梨木氏の代表作のひとつ。主人公は、中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女・まい。彼女は、季節が初夏へと移り変わるひと月あまりを、西の魔女のもとで過ごす。西の魔女とは、まいの大好きなイギリス人のおばあちゃんのこと。まいはおばあちゃんのもとで”魔女修行”をすることになる。

一見ファンタジーのような作品だが、本作はあくまでも現実世界の物語だ。子どもでも大人でも、いつの時代でも、現実を生きる中で足が止まってしまうことはある。まいがおばあちゃんから受ける”魔女修行”は、空を飛んだり姿を変えたりという魔法を使う修行ではない。まいは自然に囲まれたおばあちゃんの家で、野いちごを摘んでジャムを作ったり、畑を作ったり、ハーブティーを飲んだりして過ごすのだ。

おばあちゃんは、まずは精神を鍛えることが大切だと言う。それは「規則正しい生活をする」というような、一見当たり前のこと。そしていちばん大切なのは「意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力」だという。人間は、余裕がなくなると”当たり前”がなかなかできなくなってくる。不安に襲われたり、周りの目を気にしたりしているうちに、意志の力がしぼんでいってしまう。

おばあちゃんはまいのことをよく褒めた。このまっすぐなおばあちゃんの言葉、まいを肯定する言葉はそれこそ魔法のようなもので、まいはたっぷりの愛情に包まれながら少しずつ成長していく。ただほほ笑ましい物語というだけでなく、終盤に少し切ない展開があることも本作の魅力のひとつ。”西の魔女”であるおばあちゃんの教えは、子どもだけでなく大人にも響き、読んだ後には少しだけ顔を上げられるようになっているはずだ。

本作は物語の内容だけでなく、行間が広く文字も大きめなので本を読み慣れていない人も読みやすい作品。小中学生や読書から離れている人にもおすすめできる物語だ。心や体が少し疲れてしまったとき、何度も読み返したくなるお守りのような1冊となっている。