増井健仁がビジネス、エンタメ、政治など様々な分野のキーパーソンを迎え、“いま起きていること”と“これからの社会”を多角的に読み解き、新しい視点とヒントを届ける「MEDIAMIXI with interfm」。2026年5月5日放送のゲストは、ニューヨーク在住のネイルアーティスト、Tomoya Nakagawa(ともにゃん)こと中川知也氏が登場。
Björk(ビョーク)のi-DカバーやBad Bunny(バッド・バニー)の撮影、ANREALAGEのパリコレクションなど、音楽・ファッションの現場で独自の存在感を放つ、いま世界で活躍するネイルアーティストの一人。その経歴は異色だ。アパレル、フレグランス、浮き輪ブランドの起業、和歌山での漁師——様々な職を経て、コロナ禍のニューヨークでネイルと出会い、独学から世界へと羽ばたいた。
自身の波瀾万丈の半生は、著書『ともにゃんにゃんの大冒険』(講談社)にも綴られている。「新しいものを常に探していた」と語るともにゃん氏が、ギャル男時代から漁師、3Dプリンターで切り拓いた唯一無二の表現、そして“引き寄せ”のような出会いの連続までを語った放送のハイライトをお届けする。
i-D magazineでのBjörkのネイルを手がけた数奇な運命
今や世界的なネイルアーティストとして活躍している、ともにゃんだが、そこに至るまでの間にはアパレル店員や漁師などといったさまざまな経験をしているそう。ネイリストになったのは、当時のパートナーの影響だったという。
増井「漁師辞めてから、どういうきっかけでネイルの道に行くんですか?」
ともにゃん「漁師を1年続けて、見習いにも満たないぐらいではあったんですけど、自分の中では続いたっていう達成感がありました。そのときに漁師をしながらも洋服の生地を買って、思いつくものを作ろうと作っていたんです。でも、完成しなかった。そのときは、自分の作りたいものっていうのが思いつくんだけど、何かを形にするっていうことはやっていなくて、でもそういうことがちょっとやりたいなとモヤモヤしていた時期があって。それを当時、僕のお付き合いしていたパートナー、ニューヨークでネイリストをしていたんですけど、に話したら“とりあえずニューヨークに来てみれば?”って言われて。その言葉にピンと来て実家とかにも帰らずに、そのまま関空からニューヨークに行って……」
増井「準備期間というよりは、もう短期間でパッと決めて、いきなり渡米なんですね」

ともにゃん「いきなり渡米なんですよ。全然、最初はネイルをやるなんて思ってなくて。とりあえず美術館とかたくさんあるし、見に行きたいんで、美術館にフラフラと毎日のように行っていたんですけど、同時にコロナ禍になってしまって。家にいましょうっていう時期だったじゃないですか。で、映画を見たり、家でできる運動したりっていうことをしてたんですけど、まあ飽きてしまうじゃないですか。そればっかりだと。そんな時に彼の机にネイルの道具がぶわって並んでいるのに興味を持って。“どうやんの?”って」
増井「(中略)ネイルの道具を初めて触ってから、どれぐらいで人の爪を触り出すんですか?」
ともにゃん「1週間後とか」
増井「早っ」
ともにゃん「kemioくんもニューヨークにいたので、思いきって“ネイル始めたから、よかったら”って言ったら来てくれて」
増井「すご」
ともにゃん「練習よりも上手くなったつもりで、kemioくんに挑んだんですけど。でも自分の爪と人の爪って全然違って。ごめん、時間かかっちゃうかもっていうのが最初です」
増井「なるほど」
ともにゃん「全然できなかったから、やっぱり練習がめちゃくちゃ必要だと思って、自分の爪で、すごい練習しまくって。そしたら実験になっていくんですよ。重めのテクスチャーのジェルがあるんですけど、それをビヨーンって伸ばしてる最中に、UVライトを当てて硬化したら、どうなるんだろうみたいなのを実験をしだしたら、それがすごいおもしろい形になって」
増井「立体で固まるっていう意味ですか?」
ともにゃん「そう。なかなか口頭で説明しづらいんですけど、それがすごい思いのほか綺麗にできるんで、それをInstagramに上げたら、めちゃくちゃ海外のフォロワーの人が増えたんですよ。口コミでバーって広がって。で、彼がちょうどその時に3Dプリンターを使ったネイルを始めたばかりの時期で、一緒に何か作ろうよみたいなところから、彼が花びらを作るから、中、花の中のおしべ、めしべみたいな、そこを、ともやのうにょうにょっとしたもので組み合わせたやつを作ろうよみたいな話になって作ったんですよ、一緒に。そしたらすっごい綺麗な、いいものができたなと思って、Instagramにアップしたら、Björkのスタイリストさんから……」
増井「BjörkってあのBjörk?」
ともにゃん「そう。これをBjörk用に作ってほしいっていう連絡をいただいて。サイズを作り直して、アイスランドに送ったのかな。でも、実際に使われなかったっていうパターンとかもあったりするから、あんまり期待せずに待ってたんです」
増井「そしたら?」
ともにゃん「そしたら、i-D magazineのカバーに結構大きく……」
増井「え?(中略)それ見てお仕事が増えたりするんですか?」
ともにゃん「それでオファーが来た記憶がなくって」
増井「わけでもないんだ」
ともにゃん「そう。で、その後、彼もコロナ禍で仕事がなくなったし、僕もビザの関係で日本に戻らないといけなくなって。熱海に拠点を移して。i-D magazineが出た時も熱海で見たんです(中略)仕事になったらいいなって思い始めてた時期くらいでしたね。でも収入はないから、ネイルを作りながら、熱海の唐揚げ屋さんでアルバイトをしてましたね」
ネイル以外のものを作るようになったのは、人に導かれて
そこから日本で水原希子と仕事をしたりした後「やっぱりアメリカで何かを作りたい」とロサンゼルスに渡ったともにゃん。SaweetieのネイルやBad Bunnyのおしゃぶりを作るなど、その仕事ぶりは多岐にわたる。そのアート作品を作る原動力はどこから湧いてくるのだろうか。

増井「今は巨大なパーツとかも作られ始めてると思うんですけど、それってもはやネイルアートとかっていうよりは、アートとしての作品だと思うんですけど、こういうものをやろうって思うエネルギーみたいのってどっから湧いてくるんですか?頼まれてるわけじゃないじゃないですか」
ともにゃん「頼まれてないものをなぜ形にするかというと、単純に思い浮かんでしまうからっていう」
増井「思い浮かぶ」
ともにゃん「そう、こういうのを作りたいなみたいな。でも作らないと形にはならないわけで、時間がある時ですけどね」
増井「じゃあそういう思い浮かんだものを出していくと、またそれがその注目浴びて、こんなことできませんかっていう風になってくる」
ともにゃん「そうですね。あの、そう、WINDOWSENっていう中国のすごいイケてるブランドがあって、そこのSensen Liiっていうデザイナーがいて。で、Sensenからネイルのオーダーをいただいたんですね。そしたらSensenが“ヘッドピースも作れると思うから作ってくれ”って。“キミの技術だったらヘッドピースが作れるはずだ”って言ってくださって。最初はえーって思ったんですけど。いざ、やってみようって思ったら全然思いつくし、できるかもっていうので、形になって。実際ショーでも使ってもらえてっていうのが、ネイル以外のものを作るようになったきっかけなんです。自分の意思ではなく、人から導かれてるっていうのがね、すごいありがたいですよね。今考えると」
ともにゃんに影響を与えた先輩漁師の一言
番組の後半では、増井からともにゃんの創作の根源や仕事観についての質問が投げかけられた。
増井「ともにゃんさんのお話伺ってると、共通してるなと思うのが、いわゆる人の手で作るということに関して、ものすごいこだわりをお持ちだと思うんですけど、人の手で作るっていうことに対する価値っていうのは、どんなことだと思いますか?工業製品もいっぱいありふれてる、この中で」
ともにゃん「作る人のリアルさ、その人自身が見えるというか、もうその人自身だと思うんですよね。でも僕も3Dプリンターっていう機械が作ってる、デザインは自分がしてるにしろ、作っているのは機械ではあるので、ちょっとそのへんはハイブリッドではあると思うんですけど、僕で言ったら自分らしさが出るからやっぱ手作業が好きですかね」
増井「なるほどな。ちなみに世界的なネイルアーティストとして活躍されてる中で、他の人と何か違うところ、自分らしさでいうと、一番何が違うと思います?」
ともにゃん「デザインの枠を決めるのがあんま好きじゃなくって。逆にそれって自分らしさがないんじゃないの?って思われてしまうかもしれないんですけど。自分だからこうみたいなのも、例えばガーリーなもの、例えばちょっと魔法少女チックなものだけしかやりませんとかっていうのじゃなくって、僕自身すごいいろんなものが好きだからっていうのもあるんですけど、何でもその自分の好きなものを表現できるようにしたいなって思っていて。作品の幅を自分で狭めないようにはしたいなっていうのは思ってます」
増井「ネイルに限らずでいうと、例えばアーティストとか、芸術で影響を受けたものってあるんですか?」
ともにゃん「アーティストではなく、漁師をやってた時のボスなんですけど、彼はもう10代の頃から漁師をやってて、漁師一本でやってこられた方なんですけど、辞めるって言った時に、辞めるって言ってからもう何日かは一緒に働くじゃないですか。で、まあ2人きりになった瞬間があったんですよね。その時に“お前、仕事はどんな仕事も執念だからな”って、ボソッと言われて。次にやる仕事も決まってもなかったけど、グサッと響いていて。だから今でも何か作ってて、もうこんぐらいでいいかなみたいな、これでいっかみたいになる瞬間ってあるんですけど、そういう時に出てくるんですよね、執念って言葉が。やっぱよりもうちょっとディテールを細かくとか、色やっぱ塗り直そうとか、なれてるのはその言葉のおかげだと思います」
増井「根気よく続けるというとともにゃんさん、結構ある一定のタームでご職業を変えてこられましたけど、このネイルアーティストは根気よく今後も続けますよね?」
ともにゃん「そうですね。今やってることが、僕もネイルサロンで働くようになったのって2年前なんですけど、最初ほんと全然そのネイルサロンでの仕事が全然うまくできなくて。同僚にすごく助けてもらいながら、なんとかできるようになっていって、自分の納得のいくレベルぐらいまで。それがやっぱ今基礎よりは、ちょっとステップアップしたと思うんですけど、サロンワークがすごく楽しいんです。やっぱお客さんのリアルな反応っていうのも味わえるし、今までやってきてなかった部分ではあるんで。3Dのネイルを作ってるだけなのに、ネイリストってどうなん?みたいな。自分の中ではあって、ちょっとニセモノ感あるじゃないけど、そこを自分でもちょっと完璧な、自分の中でですけどね、完璧な、納得いくネイリストになるために、まだまだ道のりは長いと思ってるので。漁師はちょっと見習いで辞めちゃったけど、ネイルはもうちょっと極めたいなって思ってるので、続ける予定です」














