Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、9月10日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。

東野圭吾さんの作品が1位から4位を独占

今回は8月31日から9月6日までの文芸部門のチャートを元に解説する。今週はランキングに動きがある週だった。1位は先週に引き続き、東野圭吾さんの『ガリレオシリーズ』の最新長編作『永遠の記憶』。2位と4位に『白鳥とコウモリ』上下巻がランクインした。本作は先週の5位と7位からランクアップ。9月4日に実写映画が公開されたことが順位を上げた要因のひとつだろう。3位も東野さんの作品で『あなたが誰かを殺した』。1位から4位を東野さんが独占する形となった。

5位は8月28日に文庫が発売された今野敏の『一夜ー隠蔽捜査10ー』。本作は神奈川県警刑事部長・竜崎伸也を描く大人気シリーズの記念すべき第10弾だ。6位と10位には池井戸潤の『俺たちの箱根駅伝』上下巻がチャートイン。本作は箱根駅伝を描いた作品で、大泉洋主演でドラマ化する。10月10日スタートのドラマで、今後も注目されることが伺える。

11位には米澤穂信の初の警察×本格ミステリー『可燃物』がランクイン。さらに、『成瀬あかりシリーズ』の著者・宮島未奈の新刊『ギャルにひかれて寺マルシェ』も初登場。本作は個性全開の幼なじみたちが繰り広げる、予測不能の痛快エンタメ小説。亡くなった父親の酒屋を継いだ30歳の英介と悪友・光司は、陵泉寺で開かれている<寺マルシェ>を訪れる。そこで彼らはギャルメイクで法話を行う尼僧で元同級生・真実子を見つける。光司は真実子を<ギャル僧>として売り出して金儲けすることを思いつく。

15位には9月2日に文庫が発売された町田そのこの『夜明けのはざま』がチャートイン。本作は”家族葬”を営む葬儀社を舞台に、親友や元恋人を喪った登場人物たちが「死」を通して”自分らしく生きること”に向き合う物語となっている。

死を見つめることで自分らしく生きることの葛藤と決意を描く『夜明けのはざま』

今回は文芸部門チャートで15位だった町田そのこの『夜明けのはざま』に注目したい。

本作は、地方都市の寂れた町にある家族葬を営む葬儀社「芥子実庵」を舞台にした物語。9月2日に文庫が発売された。5編からなる連作短編集で、各章の主人公たちはそれぞれが誰かの死と対面する。それは身近な人だったり、誰かのの大切な人だったり、さまざまだ。

生きている限り、自分を含めて誰かの死は避けられないことだ。「生」と「死」は切り離せない。闘病の末亡くなってしまう人もいれば、突然いなくなってしまう人もいる。人との別れがいつ訪れるのかは、誰にもわからない。後悔がまったくない別れ、というのは、ごく稀なことかもしれない。本作の登場人物も、誰かの死と対面して、何かしらの後悔やモヤモヤとした気持ちを抱えている。

死と向き合う作品というと、どこかずっと悲しい物語なのではないかと思いがちだが、本作はそうではない。涙が終始あふれるようなものではなく、あくまでもメインの登場人物たちが死と向き合って自分の人生を見つめ直すような作品だ。すべての章がカラッとした結末というわけではないし、正直もどかしさを覚える人物も登場する。しかし、その”きれいすぎないところ”が本作の魅力だ。人生は、きれいなことばかりではない。どうしようもないことの繰り返しなのかもしれない。

さらに、本作は「価値観」の物語でもある。全編を通して登場し、1章と5章の主人公でもある真奈。彼女は「芥子実庵」で働いており、恋人と仕事の間でとても悩んでいる。恋人が彼女の仕事に対し、良いイメージを持っていないのだ。彼にも彼なりの考えや理由があり、単純にどちらが正しいとは言い切れない。人は誰しも譲れないものを持っていて、それをすり合わせていくことは簡単なものではない。揺れ動く真奈がどんな決断をするのか。そのことも本作の見どころだ。

誰かの死に触れると、逆に生をはっきり自覚する。別れを乗り越えられなくても、後悔を抱えながらでも、私たちは生きていく。読後はこれまでに別れた人のことや、その人と過ごした時間、そして決して消えない後悔を自然と思い出した。本作は悲しく切ないだけの物語ではなく、これから生きていく力強さが残る作品だ。

“Showa Books”7位 加賀恭一郎シリーズの始まり『卒業』

2冊目のピックアップは、”Showa Books”で7位にランクインした東野さんの『卒業』。”Showa Books”とは、JAPAN Book Hot 100から昭和以前に初版が発売された書籍を抽出し、順位化したチャートだ。

『卒業』は1986年に刊行された作品で、加賀恭一郎シリーズの1作目。2作目以降、加賀は刑事となるが、本作は加賀の大学生の頃の物語。加賀の原点ともいえる作品だ。

中心となる登場人物は、加賀を含む7人の大学4年生。彼らは秋を迎え、就職、恋愛に忙しい日々を送っていた。そんなある日、仲間の一人・祥子が突然自室で死んでしまう。部屋は密室で、自殺なのか他殺なのかわからない。加賀は祥子が残した日記を手がかりに死の謎を追求。しかし、その後も彼らの仲間のひとりが茶会の席で亡くなってしまう。やがて加賀は茶道の作法の中に殺人ゲームの真相があることを突き止める。

本作は約40年前の作品で、言葉遣いや登場するアイテム、価値観などが少々古く感じることは否めない。しかし、だからこそノスタルジーを感じることができ、約40年前の若者を取り巻く空気を疑似体験することができる。自分が経験できないことを体験したような気持ちになったり、当時を知る読者なら懐かしさを覚えたりすることも、物語の大きな魅力だ。

本作でも東野さんの物語の読みやすさは健在。長編小説だが、時間をあまりかけることなくスラスラと読むことができる。この物語では事件の真相はもちろんだが、加賀たちが過ごす青春もポイントだ。高校時代から仲が良い仲間内で起こってしまった事件。将来への期待や不安が入り混じる学生時代の多感さは、昔も現代もあまり変わらないのだろう。

どうしても真実を突き止めたいという加賀の強い信念は大きな魅力。しかし加賀が見つけようとしている真実は、仲間を、そして自分さえも傷つける可能性がある。その絶妙な揺れが物語の後ろにずっと漂っている雰囲気があり、少々切ない気持ちになりながら読み進めた。加賀はそのような揺れを態度にあまり出さないので、それがまた切ない。

最後に真相に触れたときはやり切れない気持ちになり、「真実」がもたらす影響や意味を考えてしまった。単なる謎解きではなく、青春ミステリーとして深く楽しめる作品だ。