Netflixシリーズ「ガス人間」独占配信中

2026年7月2日、Netflixシリーズ「ガス人間」が世界独占配信された。

本作は1960年製作の東宝特撮映画『ガス人間第一号』を、東宝とNetflixの初タッグにより、全8話の完全オリジナルストーリーとしてリブートしたシリーズ。監督は「ガンニバル」の片山慎三、脚本は『新感染 ファイナル・エクスプレス』「地獄が呼んでいる」のヨン・サンホ、「寄生獣 -ザ・グレイ-」のリュ・ヨンジェが手がけた。

東宝が誇る特撮映画のレガシーを、国内向けのリメイクや単なるノスタルジーではなく、日韓共同のジャンルドラマとしてNetflixで配信する。すでに『ゴジラ』シリーズをハリウッドに進出させている東宝は、新たな「日本発のグローバル展開」にいったい何を仕掛けたのか。

そこにあったのは、古典的特撮映画を現代のストーリーテリングに移植する試みだった。

東宝特撮映画、現代の犯罪スリラーとしてリブート

物語は、テレビ番組の生放送中に起きた「人体爆発事件」から始まる。ゲスト出演していた教授が、突然スタジオ内で宙に浮き上がり、膨張し、爆発して死亡した――。その犯人は、自らの身体をガス化させ、壁や扉をすり抜けて標的に近づく「ガス人間」。犯行声明の映像がすぐさま公開され、警察やメディアは動揺する。

事件を追うのは、小栗旬演じる刑事・岡本賢治と、蒼井優演じる報道記者・甲野京子。また、オカルト系チャンネル「フジタとカホの恐怖地帯」を運営する藤川華歩(広瀬すず)と藤川富士太(林遣都)の兄妹も、別の角度からガス人間に迫っていく。ガス人間役は本作が俳優デビューとなるUTA、元ヤクザの上場企業社長・森靖利役は竹野内豊が演じた。

原作映画『ガス人間第一号』(監督:本多猪四郎、特技監督:円谷英二)は、東宝の「変身人間」シリーズ第3作。生体実験の犠牲によって「ガス人間」となった男・水野が、零落した日本舞踊の家元・藤千代を支えるため犯罪を重ねてゆくという、怪奇SFであり、犯罪映画であり、悲恋のラブストーリーでもあったのだ。

これに対し、Netflix版「ガス人間」は特殊能力を持つ連続殺人犯を追う犯罪スリラー。人物名は原作から引き継いでおり、主人公の岡本賢治は、三橋達也が演じた警部補と同じ名前。甲野京子も、佐多契子が演じた岡本の恋人である新聞記者と同じ名前だ。刑事と記者が事件を追う構造はそのままに、やがて事件の背後に現代社会の闇が浮かび上がってくる。

怪奇ロマンが現代社会の寓話に

シリーズの入口は、やはり古典的特撮作品のリブートらしい楽しさだ。第1話の冒頭から人体が爆発するケレン味を炸裂させ、クライマックスではついに出現したガス人間が人々を翻弄する。

はじめに物語を引っ張るのは、リアリズムではなく、怪奇ロマンと犯罪活劇のスケールだ。無計画かつ無防備な登場人物や、さすがにずさんな捜査もあるが、伊福部昭へのリスペクトを思わせる音楽も含め、昭和特撮の荒唐無稽と大味さを、現代のスタイルで引き受けている。

ただしNetflix版「ガス人間」の魅力は、昭和特撮を最新技術でリブートしただけではなく、脚本家ヨン・サンホの筆力――それはジャンル作品を、一種の社会寓話として鮮やかに仕立てる力だ――によるところが大きい。

そもそも原作のガス人間は、科学によって変容させられた被害の証であり、愛する者のために罪を犯す存在だった。Netflix版でガス人間が誕生する契機となるのは、27年前に発生した「隕石墜落事件」とその余波である。

身体の変容は、ヨン・サンホが過去作で何度も描いてきたものだ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)や『ソウル・ステーション/パンデミック』(2016年)というゾンビ映画だけでなく、『JUNG_E/ジョンイ』(2023年)では身体と人格が切り離されて戦争の資源になり、「寄生獣 -ザ・グレイ-」(2024年)では人間の身体が寄生によって文字通り変容する。

しかし、ヨン・サンホ作品が本当に描いてきたのは、身体の変容それ自体ではない。

ヨン・サンホが描く社会の暗部

ヨン・サンホが広く注目を浴びるきっかけとなったのは、『新感染 ファイナル・エクスプレス』と、その前日譚『ソウル・ステーション/パンデミック』。そこで描いたのは、ゾンビ化の感染拡大という恐怖だけでなく、「非常事態下の社会において、最初に切り捨てられるのは誰か」という問題だった。

「ガス人間」でも、変容した身体に託されたのは、原典のような悲恋ではなく、権力の横暴や、隠蔽された真実、そのために使い捨てられた弱者の存在だ。犯行声明のなかで、ガス人間は見捨てられた人々の傷に触れ、ある目的のために殺人を犯していると明言する。東宝特撮の怪奇メロドラマは、かくしてヨン・サンホ的な社会寓話へと組み替えられた。

ほかにも本作には、ヨン・サンホ作品に通じるモチーフがいくつも見受けられる。『サイコキネシス 念力』(2018年)では、街の再開発を進める企業、警察、地上げ屋が住民を圧迫していたが、これは本作の政治家・警察・暴力団の癒着関係に通じる。

また「地獄が呼んでいる」では、劇中の恐ろしい超常現象について、人々がそれぞれの立場から「自分の信じたい物語」を作り上げていたが、本作でも警察・記者・配信者・政治家などの立場によって、ガス人間の意味は変わり、それぞれが別の物語を生み出していく。

一方で本作の特徴は、そうしたテーマ設定のなかに日本的なイメージを織り込んだことにもある。物語面では後半で東京都知事選が核となるが、映像面では2011年の東日本大震災と福島第一原発事故、さらに1945年の広島・長崎への原子爆弾投下など、技術の発展が日本社会にもたらした傷跡を想起させる場面もある。

東宝特撮映画は、金字塔である『ゴジラ』(1954年)が核の恐怖や戦争の記憶を反映していたように、荒唐無稽な設定のなかで、その時代の社会不安や政治的記憶を描いてきた。Netflix版「ガス人間」も、その系譜に位置づけられる一作だ。

韓国語音声+日本語字幕という提案

シリーズの野心は大きい。しかし映像作品としては、その大きな目論見を達せていないところがある。前半の4話はペースが遅く、必ずしも物語全体において必然性のないエピソードも目立つ。第5話になるとがぜん勢いが増し、現在と過去を行き来しながら物語のピースがはまってゆくだけに、より短い尺であれば鋭さが際立ったのではないか。

また一方では、リアリズムによらない戯画的なセリフや演技・演出と、シリーズが目指す現実的な社会寓話にも、どこか噛み合わない印象が残る。物語のスケールの大きさに対し、人物相関が小さくまとまってゆくことで、むしろ世界が狭く見えるのも惜しい。

しかし、それは本作を「日本を舞台とした日本語劇」として観た場合の話でもあろう。Netflix作品の強みは、この物語を別のリズムで受け取る方法も用意されていること。本作の場合は、あえて韓国語音声と日本語字幕で視聴するという選択を取ることで、むしろジャンル寓話として楽しみやすくなるという方もいるだろう(筆者はそうだった)。

それは欠点を見ないことではないし、いずれにせよ気になる部分が出てくるのは当然のことだ。もともと、本作は東宝特撮のリブート作品で、日本を舞台にした物語でありながら、同時に韓国的な想像力による寓話である。この企画が必然的に抱え込んだねじれを、音声と字幕によって前面に引き出してくることは、決して奇妙な選択ではないはずだ。