Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、5月28日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。

『イン・ザ・メガチャーチ』が根強く1位 文庫化された『いい子のあくび』がランクイン

今回は5月18日から5月24日までのデータを元に解説する。1位は通算30回のチャートインとなる朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。「本屋大賞」を受賞した本作は連続で長い期間1位に輝いており、関心の高さがうかがえる。

2位は現在映画公開中の『君のクイズ』(小川哲著)。先週の4位からランクアップした。3位は『イン・ザ・メガチャーチ』や宮島未奈の『成瀬』シリーズとともに長期間ランクインしている夕木春央の『方舟』だった。

先週初のランクインとなった池井戸潤の2年ぶり最新長編『ブティック』は、前回の12位から9位にランクアップ。高田郁(※「高」は「はしごだか」が正式表記)の『星の教室』は先週の40位から大きくランキングを上げ、14位となった。

『星の教室』は、中学の卒業証書を受け取っていない潤間さやかを主人公とした作品。さやかは夜間中学という存在を知り、20歳の春に夜間中学への入学を果たす。本作は角川春樹の”ラストとなる”総監督作品として実写化が決定。主演を桜田ひよりが務め、中川龍太郎がメガホンを取る。公開は今秋だ。

先週、先々週に引き続き、『君のクイズ』、『一次元の挿し木』(松下龍之介著)、『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)、『傲慢と善良』(辻村深月著)、『爆弾』(呉勝浩著)、『未来』(湊かなえ著)など、実写化作品や実写化が控えているタイトルのランクインが目立った。16位の高瀬隼子の『いい子のあくび』は今回が初のチャートイン。5月21日に文庫が発売された。

ロングセラーの辻村深月『傲慢と善良』 人生や選択を立ち止まって考えたくなる物語

今回は辻村氏の『傲慢と善良』と、高瀬氏の『いい子のあくび』をピックアップして紹介する。

『傲慢と善良』は、2019年に単行本が発売し、2022年に文庫が発売。ロングセラーの小説となっており、2024年には藤ヶ谷太輔と奈緒の共演で実写化した。

本作は、西澤架の婚約者・坂庭真実が姿を消した場面から幕を開ける、恋愛とミステリーを掛け合わせた作品。架と真実は婚活をする中で出会ったが、架はなかなか結婚に踏み切ることができなかった。架は真実のある行動から結婚を決意するが、真実は突然姿を消してしまう。

架は真実の家族や同僚に会いに行き話を聞く中で、これまでに知らなかった真実の一面を知っていく。架視点と真実視点の両方で描かれるため、後半の真実視点では、真実の心の内を知ることができてどうにもやるせない気持ちになる。

本書は単なる恋愛ミステリーではない。大きな展開が何度も続くというよりも、静かにゆっくりと登場人物の心情の変化や気づきが描かれる。辻村氏の作品は、いつも丁寧に人間の心の動きを描く。学生が主人公であればその時ならではの繊細な揺れを描き、大人が主人公であれば大人だからこそ感じる言葉にできないような感情を描く。

本作の中には、タイトルでもある「傲慢」と「善良」、他にも「点数」「自己評価」「ピンとこない」など、ぐさっと刺さる言葉が多く登場する。特に架の女友達が真実について話す場面では、相手を値踏みするような視線がありありと浮かぶ。文字で読むと「ひどいな」と思う展開もあるが、人生を振り返るとそのような空気は確かにあった。このリアルさが辻村氏が描く世界であり、魅力でもある。解像度の高さゆえ、物語が進むほどに心が抉られる瞬間が多くあった。

本書に何度も登場する、人間の持つ「傲慢さ」と「善良」。自分にも確かにそういうところがあるし、あった。自分のこれまでの人生を、選択を、少し立ち止まって考えたくなるような物語だ。

高瀬隼子、芥川賞受賞後第1作『いい子のあくび』 「割りに合わなさ」と「むかつき」を訴える

『いい子のあくび』は高瀬氏の芥川賞受賞後第1作。「割りに合わなさ」を訴える女性を描いた表題作の『いい子のあくび』、結婚の形式、幸せとは何かを問う『末永い幸せ』のほか、社会に適応しつつも、常に違和感を抱えて生きる人たちへ贈る全3話となっている。

表題作の『いい子のあくび』の主人公は、幼い頃から「いい子」として生きてきた女性・直子。恋人からは「いい子」と言われるが、胸の中には怒りや誰かの失敗を願ってしまうような、いわゆるマイナスの感情が渦巻いている。彼女は自分の手帳に、その日に腹が立った出来事を書いていく。例えば「部活の大会、仕事押し付けられる、何部だか知らないけど負けますように」のように。

「損をしているな」と感じることがある。私はこんなに気にしているのに、相手は何も考えていないのではないか、そんなのずるいじゃないか、と感じることがある。そう、直子が感じているように「割りに合わない」と感じることは、確かにある。その違和感や報われなさを、本作ではハッキリと言葉にしている。

特に後半の展開は、直子に感情移入しながら読み進めると心がすっと冷えていくような感覚になった。直子と一緒に「なんでだよ」と思ってしまう。「なんで私ばっかり」。

自意識過剰と言われれば、それまでかもしれない。腹が立つなら、その場で言えばいい。そう言われれば、頷くしかない。しかし、直子のように、幼い頃から「いい子」の着ぐるみを被ってきた人にはそれができない。もちろん、直子の怒りはいつも正しいというわけではない。どこか身勝手で、ある種の怖さを感じる場面もある。

高瀬氏の作品は、人間が持つ割り切れない感情や、日常生活の中に潜むモヤモヤを掘り下げて描いていることが多い。どこかでゾッとするのは、読者として客観的に読んでいて「怖い」と思っていても「わかる」という瞬間もあるからだ。

主人公の生活の周りという小さな世界を描いているからこそ、自分の身の回りの世界にも置いて考えることができる。だからこそリアルに感じて、胸がヒリヒリしてしまうのだ。