Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。
この記事では、6月11日に発表された文芸部門のチャートBillboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、6月11日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。
辻村深月のデビュー22周年記念作品『ファイア・ドーム』上下巻がランクイン
今回は6月1日から6月7日までのデータを元に解説する。1位は通算17週目の首位となる朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。本作が話題になっている理由は、本屋大賞受賞などの話題性ももちろんだが、アイドルや推し活を巡る物語ということで「語りたくなる」という部分も大きいと感じる。”推し活”はもはや現代のブームとも呼べるものになっているが、向き合い方や価値観は人それぞれだ。本作を巡ってはSNSやnoteなどでさまざまな議論が飛び交っている。
2位と4位には辻村深月の『ファイア・ドーム』上巻と下巻がランクイン。本作は辻村氏のデビュー22周年記念作品となる新作長編小説。第3位は凪良ゆうの2年半ぶりの新刊で「結婚」をテーマにした連作短編集の『多類婚姻譚』。本作は第175回直木賞の候補作に選ばれた。第5位には『一次元の挿し木』(松下龍之介著)、第6位には『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)、第7位には『方舟』(夕木春央著)など、最近のいつもの顔ぶれとも呼べる作品が揃った。
今回の初登場は第10位の『絵物語 空腹の怪物』。本作は、歌い手のそらるの作詞曲「空腹の怪物」を『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者・暁佳奈が新たな視点で小説化。MVイラストを担当したイラストレーターのハナが絵を手掛けた。
18位にはオードリー・若林正恭の初の小説『青天』がランクイン。本作は第175回直木賞の候補作に選ばれている。今後のランキングでは第175回芥川賞・直木賞の候補作にも注目が集まることが予想される。
辻村深月が「噂」をテーマに描いた『ファイア・ドーム』
今回は辻村氏の『ファイア・ドーム』上巻と若林氏の『青天』をピックアップする。
『ファイア・ドーム』は6月5日に発売された辻村氏の新作長編小説。執筆開始から7年、著者が長い歳月をかけて完成させた渾身の作品だ。ここでは上巻を中心に解説していく。
25年前、平穏だったはずの地方都市に激震が走る。百貨店受付嬢誘拐殺人事件と、あるもうひとつの事件が起こったのだ。その報道により人々は揺り動かされ、「噂」の炎が広がる。その炎は加害者だけでなく被害者にも降り注いだ。そして現在、新たな事件が発生。ここでもまた噂の炎は止まらなかった。
本作は東京出身で現在は舞台となる地方都市で教員をしている美冬や、彼女の恋人で地元の新聞記者・透真、25年前の被害者の遺族・忠治など、さまざまな人物の目を通して語られる多視点小説。辻村氏は作品の特設ホームページにて「物語のテーマであり、主役は『噂』です」と語っている。序盤から不穏な空気が漂っているのだが、中盤からはある事件をきっかけに一気に物語が加速していく。美冬が噂や報道によって追い詰められていく描写には、こちらまで息苦しくなるほどの臨場感があった。
25年前、小さな地方都市で、噂はあっという間に炎のように広がり、形を変えながら伝わっていった。誰か1人が悪意を持って流した噂というわけでもなかった。ただ、その土地で「止まらなかった」のだ。人々は渦中の人物に直接言葉を投げかけるわけではない。しかし、その膨れ上がった噂がどれだけ当事者を傷つけるのか、という考えになかなかたどり着かない。事件は”非日常”だからだ。当事者以外は事件を”外”から見ているため、どこか他人事のように認識してしまう。
本作はミステリー小説ではあるが、辻村氏らしく登場人物の心情にフォーカスしている。25年前の事件や現在起こっている事件の真相が気になることはもちろんだが、そのこと以上に登場人物の心の動きからも目が離せない。別の人物の視点に移っても「このとき美冬は何を考えているんだろう」など、その場面では語られない登場人物まで想像してしまう。読者に登場人物の心情を”想像させる”ことも、辻村氏の作品の魅力だと感じる。ひとりひとりの視点は長くないのに、すべての登場人物の気持ちが大切なものになる。
「噂」をテーマにしている本作は、フィクションだと思えないくらい現実に接続している。大きな事件に限らず、私たちの周りにも、出どころがわからない言葉や憶測が日々流れている。真実がわからないまま、言葉だけがどんどん広がっていく恐怖と、それを個人の意思だけでは止められないやるせなさ。辻村氏は「この小説が『今』を描けていると思っていただけたら、光栄です。そして、だからこそ、『今、読んでほしい』と願って、送り出します」と語っている。本作で描かれる「噂」は、現代を生きる私たちにとって切っても切り離せないテーマだと感じた。
若林正恭の初の小説『青天』 さわやかだけではない青春物語
『青天』は若林氏初の小説。若林氏は、2013年に初のエッセイ集『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を刊行し、その後も『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』、『ナナメの夕暮れ』など、執筆活動も続けている。
『青天』は、1999年を舞台に、総大三高の「アリ」こと中村昴を主人公にした物語。彼が所属するアメフト部は、万年2回戦どまり。引退大会では、相手校の隠し撮りをしてまで迎えたにもかかわらず、まったく歯が立たず、敗れた。
引退後、アリは勉強にも気持ちが入らず不良になる覚悟もなく、宙ぶらりんのまま日々を過ごす。そんな中でアリは後輩から誘われ、再びアメフトと向き合うことになる。
スポーツを題材にしている小説は、スポーツをやらない人からすると手を伸ばしにくいかもしれない。実際に私もそうだった。発売された当初、かなり話題になっていたが「アメフトわからないしな」という感情が前に来て、なかなか手に取ることができなかった。しかしいざ読んでみると、アメフトの知識は必ずしも必要ではない。もちろん知識があれば試合の臨場感やアリの心情をより深く味わえると思う。
だが、本作はアメフトを題材としながらも、アメフトだけを描いている作品ではない。アリが引退してくすぶっている様子や、その心情の変化が丁寧に描かれている。特にアリが宙ぶらりんな状態で過ごす場面では、読者はアリと一緒にモヤモヤと向き合うことになる。アリが抱えるモヤモヤは、おそらく誰もが1度は経験したことがあるものだろう。「自分は何をやっているんだろう?」「本当にここにいていいのだろうか?」。この疑問は学生だけでなく、大人でも考えるタイミングがある。
アリは決してかっこいい男ではない。ウジウジするときもあるし、独りよがりなところもあるし、失敗もする。友人の指摘通り、頭の中で考えていることが多すぎる。しかしだからこそ、私たちは自分をアリと重ね合わせて、この世界に浸れるのだと思う。人間はきっと、そんなにかっこいいものじゃないのだ。悩みながら自分自身と向き合って、いろいろな壁や人にぶつかることでしかわからない景色がある。
また、物語のテンポがよく、読みやすい点も本作の魅力。アリがときどき心の中で誰かの言葉にツッコむのだが、そこはさすが若林氏。おもしろく、思わずクスッと笑えてしまう。
高校生だからこその敏感さに胸がジクジクしたり、アリの不器用さにハラハラしたり、アメフトの展開に胸が熱くなったり。本作は青春を追体験できるような物語だが、たださわやかなだけの小説ではない。自分と向き合わざるをえない、不恰好で少し苦い一面もある青春小説だ。を解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。
辻村深月のデビュー22周年記念作品『ファイア・ドーム』上下巻がランクイン
今回は6月1日から6月7日までのデータを元に解説する。1位は通算17週目の首位となる朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。本作が話題になっている理由は、本屋大賞受賞などの話題性ももちろんだが、アイドルや推し活を巡る物語ということで「語りたくなる」という部分も大きいと感じる。“推し活”はもはや現代のブームとも呼べるものになっているが、向き合い方や価値観は人それぞれだ。本作を巡ってはSNSやnoteなどでさまざまな議論が飛び交っている。
2位と4位には辻村深月の『ファイア・ドーム』上巻と下巻がランクイン。本作は辻村氏のデビュー22周年記念作品となる新作長編小説。第3位は凪良ゆうの2年半ぶりの新刊で「結婚」をテーマにした連作短編集の『多類婚姻譚』。本作は第175回直木賞の候補作に選ばれた。第5位には『一次元の挿し木』(松下龍之介著)、第6位には『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)、第7位には『方舟』(夕木春央著)など、最近のいつもの顔ぶれとも呼べる作品が揃った。
今回の初登場は第10位の『絵物語 空腹の怪物』。本作は、歌い手のそらるの作詞曲「空腹の怪物」を『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者・暁佳奈が新たな視点で小説化。MVイラストを担当したイラストレーターのハナが絵を手掛けた。
18位にはオードリー・若林正恭の初の小説『青天』がランクイン。本作は第175回直木賞の候補作に選ばれている。今後のランキングでは第175回芥川賞・直木賞の候補作にも注目が集まることが予想される。
辻村深月が「噂」をテーマに描いた『ファイア・ドーム』
今回は辻村氏の『ファイア・ドーム』上巻と若林氏の『青天』をピックアップする。
『ファイア・ドーム』は6月5日に発売された辻村氏の新作長編小説。執筆開始から7年、著者が長い歳月をかけて完成させた渾身の作品だ。ここでは上巻を中心に解説していく。
25年前、平穏だったはずの地方都市に激震が走る。百貨店受付嬢誘拐殺人事件と、あるもうひとつの事件が起こったのだ。その報道により人々は揺り動かされ、「噂」の炎が広がる。その炎は加害者だけでなく被害者にも降り注いだ。そして現在、新たな事件が発生。ここでもまた噂の炎は止まらなかった。
本作は東京出身で現在は舞台となる地方都市で教員をしている美冬や、彼女の恋人で地元の新聞記者・透真、25年前の被害者の遺族・忠治など、さまざまな人物の目を通して語られる多視点小説。辻村氏は作品の特設ホームページにて「物語のテーマであり、主役は『噂』です」と語っている。序盤から不穏な空気が漂っているのだが、中盤からはある事件をきっかけに一気に物語が加速していく。美冬が噂や報道によって追い詰められていく描写には、こちらまで息苦しくなるほどの臨場感があった。
25年前、小さな地方都市で、噂はあっという間に炎のように広がり、形を変えながら伝わっていった。誰か1人が悪意を持って流した噂というわけでもなかった。ただ、その土地で「止まらなかった」のだ。人々は渦中の人物に直接言葉を投げかけるわけではない。しかし、その膨れ上がった噂がどれだけ当事者を傷つけるのか、という考えになかなかたどり着かない。事件は“非日常”だからだ。当事者以外は事件を“外”から見ているため、どこか他人事のように認識してしまう。
本作はミステリー小説ではあるが、辻村氏らしく登場人物の心情にフォーカスしている。25年前の事件や現在起こっている事件の真相が気になることはもちろんだが、そのこと以上に登場人物の心の動きからも目が離せない。別の人物の視点に移っても「このとき美冬は何を考えているんだろう」など、その場面では語られない登場人物まで想像してしまう。読者に登場人物の心情を“想像させる”ことも、辻村氏の作品の魅力だと感じる。ひとりひとりの視点は長くないのに、すべての登場人物の気持ちが大切なものになる。
「噂」をテーマにしている本作は、フィクションだと思えないくらい現実に接続している。大きな事件に限らず、私たちの周りにも、出どころがわからない言葉や憶測が日々流れている。真実がわからないまま、言葉だけがどんどん広がっていく恐怖と、それを個人の意思だけでは止められないやるせなさ。辻村氏は「この小説が『今』を描けていると思っていただけたら、光栄です。そして、だからこそ、『今、読んでほしい』と願って、送り出します」と語っている。本作で描かれる「噂」は、現代を生きる私たちにとって切っても切り離せないテーマだと感じた。
若林正恭の初の小説『青天』 さわやかだけではない青春物語
『青天』は若林氏初の小説。若林氏は、2013年に初のエッセイ集『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を刊行し、その後も『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』、『ナナメの夕暮れ』など、執筆活動も続けている。
『青天』は、1999年を舞台に、総大三高の「アリ」こと中村昴を主人公にした物語。彼が所属するアメフト部は、万年2回戦どまり。引退大会では、相手校の隠し撮りをしてまで迎えたにもかかわらず、まったく歯が立たず、敗れた。
引退後、アリは勉強にも気持ちが入らず不良になる覚悟もなく、宙ぶらりんのまま日々を過ごす。そんな中でアリは後輩から誘われ、再びアメフトと向き合うことになる。
スポーツを題材にしている小説は、スポーツをやらない人からすると手を伸ばしにくいかもしれない。実際に私もそうだった。発売された当初、かなり話題になっていたが「アメフトわからないしな」という感情が前に来て、なかなか手に取ることができなかった。しかしいざ読んでみると、アメフトの知識は必ずしも必要ではない。もちろん知識があれば試合の臨場感やアリの心情をより深く味わえると思う。
だが、本作はアメフトを題材としながらも、アメフトだけを描いている作品ではない。アリが引退してくすぶっている様子や、その心情の変化が丁寧に描かれている。特にアリが宙ぶらりんな状態で過ごす場面では、読者はアリと一緒にモヤモヤと向き合うことになる。アリが抱えるモヤモヤは、おそらく誰もが1度は経験したことがあるものだろう。「自分は何をやっているんだろう?」「本当にここにいていいのだろうか?」。この疑問は学生だけでなく、大人でも考えるタイミングがある。
アリは決してかっこいい男ではない。ウジウジするときもあるし、独りよがりなところもあるし、失敗もする。友人の指摘通り、頭の中で考えていることが多すぎる。しかしだからこそ、私たちは自分をアリと重ね合わせて、この世界に浸れるのだと思う。人間はきっと、そんなにかっこいいものじゃないのだ。悩みながら自分自身と向き合って、いろいろな壁や人にぶつかることでしかわからない景色がある。
また、物語のテンポがよく、読みやすい点も本作の魅力。アリがときどき心の中で誰かの言葉にツッコむのだが、そこはさすが若林氏。おもしろく、思わずクスッと笑えてしまう。
高校生だからこその敏感さに胸がジクジクしたり、アリの不器用さにハラハラしたり、アメフトの展開に胸が熱くなったり。本作は青春を追体験できるような物語だが、たださわやかなだけの小説ではない。自分と向き合わざるをえない、不恰好で少し苦い一面もある青春小説だ。














