Netflix映画『ミシェル・ハドリーに起きたこと』独占配信中

Netflixにとって、「犯罪ドキュメンタリー」はひとつの看板ジャンルだ。衝撃的な事件、驚くべき真相、関わった人々のさまざまな顔――。ところが近年、あまりにも多くの作品が発表されるようになったことで、「マンネリに陥っているのではないか」という指摘もなされてきた。

そんななか、英紙Guardianが「歓迎すべき復調」と評したのが、7月23日に配信されたばかりの最新作『ミシェル・ハドリーに起きたこと』だ。ある新婚夫婦のもとに届いた脅迫メール、その犯人は何者なのか?

約90分の小品ながら、本作は事件の像を何度も作り変えることで観客を引っ張っていく。Netflix発、犯罪ドキュメンタリーの最前線にあるのは、「事実」を「サスペンス」へと再構築しつつ、けれども「事実」を改変しないストーリーテリングの強度だ。

「危険な元恋人」という事件

連邦保安官イアン・ディアスと新妻アンジェラは、ディズニーランドがあるカリフォルニア州アナハイムのスターバックス コーヒーで出会った。ふたりはたちまち意気投合し、数週間後には結婚を決める。アンジェラはイアンのマンションで暮らしはじめ、すぐに双子を妊娠した。

ところが2016年5月、「リリス」と名乗る人物から脅迫メールが届きはじめる。「お前は私の人生を盗んだ」「お前のことを見ている。背後に気をつけろ」。差出人として疑われたのは、イアンの元婚約者ミシェル・ハドリー。アンジェラと出会うわずか4ヶ月前にイアンと破局し、マンションを出て行っていた。

脅迫メールはみるみるうちに過激さを増し、ネット上の投稿を通じて、見知らぬ男がマンションにやってくる。そして、とうとうアンジェラが何者かに襲われて――。

製作を手がけたのは、『ラヴァー、ストーカー、キラー』『1000人の子どもを持つ男』など、Netflixでヒットした実録犯罪作品を送り出してきたCurious Films。ドキュメンタリーとしての確かさ、独自のストーリーテリング、そしてエンターテインメント性の高さを制作姿勢に掲げている。

証言・記録が事件の層を切り開く

イアン夫妻や友人たちの証言、脅迫メール、警察のボディカメラ映像、当時の報道。ドキュメンタリーの前半で形作られていくのは、「元恋人への執着をこじらせた危険な女性」という犯人像だ。監督のアレクサンドラ・レイシーは、事件の結末から全体を説明するのではなく、事実が捜査機関や一般の人々へ伝わった順序を再現したものだと強調する。

ところが、この脅迫事件は見かけ通りのものではなかった。

容疑者であるミシェルのほか、妻アンジェラの元恋人、捜査関係者、さらにはイアン夫婦の自宅を訪れた「謎の男」までが次々とカメラの前に現れ、新たな証言と記録が明かされるなか、事態は新たな表情を見せはじめる――驚くべきは、事件が一度目の解決を迎えた時点で、映画はまだ前半を終えたばかりだということだ。

レイシー監督が約90分という短い時間に凝縮したのは、実際には数年をかけて変化していった事件の全容である。

一度は決着した事件が、数か月後・数年後に判明した新事実によって更新され、証言や映像の見え方さえも変化していく。ボディカメラ映像がとらえた夫婦の姿、そこに映り込んでいるものも。

「復調」を支えたもの

Guardianは、本作をNetflix初犯罪ドキュメンタリーの「復調」と評した。ほかの海外メディアも、警察による映像や、事情聴取・通話記録の音声を組み合わせ、事件が現在進行形で起きているように見せる構成を評価している。全容を解き明かすために必要な情報を前半に配置しておき、後半でその謎解きを鮮やかにやってのける、フェアなミステリーとしての構築も見事だ。

筆者が感じたことは、たしかに実際の経緯と同じ順序で情報が提示されるものの、やはりドキュメンタリーも語り手が綿密に構築したストーリーなのだということだ。証言や映像のどう切り取り、どの部分に焦点を当てながら反復するか――「情報」を操る巧みな手腕によって、このドキュメンタリーは優れたサスペンス映画として観客を引っ張っていく。

その点でいえば、『ミシェル・ハドリーに起きたこと』という邦題は、観る者の焦点をはじめから絞り込んでしまい、作品の美点を損なってしまっている。たしかに本作は「ミシェル・ハドリーに起きたこと」を描いているものの、原題は『A Toxic Love Story』すなわち「とある有毒なラブストーリー」なのだ。

ここにある単数形の「ラブストーリー」には、さまざまな人物が語る複数の関係性と、そこにある「有害」な側面が包み込まれている。ひとまず邦題のことは忘れたうえで、この事件を追いかけ、そこに横たわる問題の複雑さを受け止めてほしい。

配信時代の犯罪ドキュメンタリー

ところでNetflixの犯罪ドキュメンタリーは、作品のみならず、視聴者の「観たあとの関心」も重要視されているのがポイント。本作でも配信開始とほぼ同時に、本国の公式メディア「Tudum」では事件の真相や関係者の現在をまとめた記事(英語)が公開され、米Entertainment Weeklyも本編から省かれた事実についての特集記事(英語)を掲載した。

映画そのものは、約90分の実録犯罪サスペンスとして完結する。ただし再生が終わったあと、関係者の現在や本編に収まらなかった事実を伝える記事へ進めば、事件はさらに別の広がりを見せる――すなわち、ここでは作品の結末が新たな入口へつながっているのだ。配信時代の犯罪ドキュメンタリーは、ひとつの画面のなかで、本編の外側までひとつの視聴体験として広がっている。