Japan Expo Paris 2026の目玉企画、板垣恵介のライブドローイングショーが7月11日、Yuzuステージで行われた。連載35年、累計1億部を超える『刃牙』シリーズの作者が、大観衆の目の前で1枚の白い紙に向かう45分。質問に答えながらペンを走らせ、描き上げたのは? 初来仏という「生ける伝説」の一部始終をレポートする。
(取材・文:MEDIAMIXI編集長 榎本幹朗 7/11 パリ JAPAN EXPO 2026会場にて)

司会が「あなた方にとって説明不要のレジェンド」と紹介すると、割れんばかりの拍手が板垣を迎えた。ステージ後方には真っ白な紙。「彼が何を描くかは知っていますが、内緒です」という司会の言葉とともに、ペンが動き出した。
アルゴ探検隊の大冒険
――影響を受けた作品、いまも影響を受け続けている作品は何でしょうか?
板垣: いまパッと思いつくのは、ギリシャ神話をモチーフとした『アルゴ探検隊の大冒険』。1963年の映画です。
――ある画家・イラストレーターから影響を受けたとインタビューで話されていました。どんな影響だったのでしょうか?
板垣: おおた慶文。それまで描けなかった美しい顔が、描けるようになった。そういうことです。

1991年、総合格闘技はまだ人気がなかった
――刃牙を読むと、格闘技への深い知識を感じます。ご自身も格闘技をやられていたのですか?
板垣: あるよ。ボクシングを。
高校卒業後に陸上自衛隊第1空挺団に所属し、ボクシングに打ち込んだ経歴の持ち主らしい即答に、場内が沸いた。
――刃牙の連載が始まった当時のことを教えてください。
板垣: 『刃牙』シリーズ自体は1991年に連載を始めたんですけれども、当時は今ほど総合格闘技が人気ではなかった。1993年にK-1というのができて、同じ年にUFC、そして1997年にPRIDEができました。
――その後の格闘技ブームは、刃牙の人気に影響しましたか?
板垣: 僕は試合をたくさん見ていましたけど、取材のためとか、知識を深めるためではなかった。ただ好きだから見ていただけで。(格闘技が)盛り上がったのは嬉しいですけど、作品に影響したということはないです。
――逆に、90年代以降の格闘家たちが刃牙に影響を受けたと感じたことは?
板垣: 多い、と思う。(拍手)

これはアナログなんで、手書きなんで
――AIの登場が各業界に影響を与えています。漫画業界でのAI使用について、先生のご意見は?
板垣: 多分、これは僕よりもスタッフが考えてることだと思います。使用するとしたら彼らだろうから。(描きかけの絵を指して)これはアナログなんで。手書きなんで。(拍手)
目の前で進んでいくライブドローイングそのものが答えだった。
文句がない、というほうが珍しい
――35年、数えきれないほどの格闘シーンを描いてきました。振り返って「違う風に描けばよかった」と思うファイトはありますか?
板垣: ある。しょっちゅうあるよ。単行本で読み返すたびに「ああ、こうすべきだった」って。文句がないっていうほうが珍しい。
――お気に入りのシーンは?
板垣: たくさんあるよ。まあ、当たり前だよ。(観客笑)

格好いいかどうかで決めてる
――SNSでは「バキポーズ」、作中の複雑なポーズを真似する投稿が流行しています。描いたときに、いつかこうなると想像していましたか? そして今は、バズを狙ってポーズを考えることはありますか?
板垣: いや、(バズるかどうかは)考えてない。格好いいかどうかで決めてる。格好よければ真似したくなるだろうし。格好いいのかどうか、それが基準。(拍手)
――絵を描くこと以外に、趣味や情熱を注いでいるものはありますか?
板垣: 映画を見ることと、本を読むこと。釣りとか登山とか、そういうのはない。(観客笑)
収入が増えた(笑)
――2018年からアニメ『バキ』がNetflixで世界配信されています。それ以降、何か変化を感じましたか?
板垣: 収入が増えた(観客笑)。いろいろ変わったと思います。
――『ONE PIECE』のように、刃牙の実写化を見てみたいと思いますか?
板垣: 実写化の企画は何十年も前から、浮かんでは消える、の繰り返しで。完成を見たことはない。これまでの提案に満足したこともないし。
――フランス人の格闘家はご存知ですか?
板垣: ジェロム・レ・バンナ。(拍手)

自分みたいな平凡な人間はキャラクターにならない
――長期連載の漫画家には「キャラクターが語りかけてくる」と言う人もいます。刃牙や勇次郎から話しかけられたと感じたことはありますか?
板垣: いや。キャラクターとは、もっと距離感があると思う。
――刃牙シリーズでは親子関係が大きなテーマです。刃牙が父親になる日は、いずれ来るのでしょうか?
板垣: あんまり考えたことないな。(観客笑)

――娘さんの板垣巴留さんの『パルノグラフィティ』には、先生が鬼のような背中で描かれる場面があります。ご自身をそう見ていますか? 作中のキャラクターに似ているところは?
板垣: キャラクターというのは役者と同じなので。自分みたいな平凡な人間は、キャラクターにならない。僕はただの作者。どのキャラクターにも似ていないです。
――先日、『鉄拳8』への範馬勇次郎の参戦が発表されました。プロジェクトにはどう関わられたのですか? なぜ刃牙ではなく勇次郎だったのでしょう?
板垣: 僕は全く関わってないんです。勇次郎が選ばれたのは、個性が強いからじゃない?(観客笑)

【完成】
もっと近くに行きたいんだけど
そして、絵が完成した。紙の上から客席を見据えるのは、範馬刃牙の顔のアップ。司会が「絵を前まで持っていきましょう」と申し出ると、板垣は言った。
板垣: もっと近くに行きたいんだけど。

描き上げた刃牙を自らの手で客席へ届けに行く73歳。スマートフォンを掲げる大観衆と、腕を突き上げてのフォトセッションでショーは幕を閉じた。
鳴り止まない歓声の中、マイクは板垣の小さなつぶやきを拾っていた。「泣きそうになった」。35年描き続けた男の初めてのフランスは、最強の一言で終わった。














