Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、5月14日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。

実写映画化『君のクイズ』『未来』などがランクイン

今回は5月4日から5月10日までのデータを元に解説する。1位は通算28回のチャートインとなる朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。引き続きシリーズものも数多くランクインしており、3位に『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈著)、9位に『倫敦スコーンの謎』(米澤穂信著)、15位に『成瀬は都を駆け抜ける』(宮島未奈著)、17位に『謎の香りはパン屋から』(土屋うさぎ著)などが名を連ねた。

5位には小川哲の『君のクイズ』がチャートイン。前回の14位からランクアップした。本作はクイズを題材としたミステリー小説でありながら、エンターテインメント作品。中村倫也、神木隆之介、ムロツヨシなどの出演で実写映画化し、5月15日に公開された。また、12位には湊かなえの『未来』が登場。前回の50位から大きく順位を上げた。本作は黒島結菜、山崎七海(「崎」は「たつさき」が正式表記)、北川景子で実写化され、現在公開中だ。

さらに、長くチャートインしている松下龍之介の『一次元の挿し木』は13位にランクイン。『一次元の挿し木』は、2025年第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。本作は7月期の読売テレビ・日本テレビ系新日曜ドラマとして実写化されることが決定した。

主演の七瀬悠役を演じるのはHey! Say! JUMPの山田涼介。大学院で遺伝学を学ぶ悠がヒマラヤ山中で発掘された200年前の人骨をDNA鑑定にかけると、4年前に失踪した妹のものと一致した。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく。実写化を控え、今後、原作にもさらなる注目が集まることが予想される。

根強い人気を誇る『方舟』

今回は根強い人気を誇り、今週も2位にランクインした夕木春央の『方舟』、実写映画化された5位の『君のクイズ』をピックアップ。

『方舟』は、2022年に発売されて以来、SNSでも大きな反響を集め、長い間読まれているミステリー作品。大学時代の友人と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った3人家族とともに地下建築の中で夜を越すことに。翌日の明け方に地震が発生し、扉で岩がふさがれてしまった。地盤には水が流入しはじめ、いずれ地下建築は水没してしまう。誰か1人を犠牲にすれば脱出出来る。そんな矢先に殺人事件が起こった。タイムリミットまでおよそ1週間。生贄には殺人犯がなるべきだ。柊一たちは犯人を見つけ出さなければいけない。

本作はミステリー作品でありながら、通常の精神状態でいられなくなった人々の心の動きや葛藤も描かれている作品。完全密室で次々と起こる殺人事件だけでも不安になるが、タイムリミットが迫っても何も出来なければ全員が確実に命を落とす。次は自分が殺されるかもしれない、という恐怖、誰が犯人だかわからない恐怖、犯人の目的がわからない恐怖、そして解決出来ずに地下建築が水没してしまう恐怖。いくつもの恐怖が重なり、彼らは不安に蝕まれていく。

ミステリー作品は、誰が犯人かを予想しながら読むことも醍醐味だが、彼らの立場に立って恐怖を感じながら読むとより物語に没入出来る。1度目に読んだときには続きが気になってさくさくと読んでしまったが、2度目は情景を思い浮かべながら読んでみた。すると、閉塞感と恐怖と不気味さで背筋がぞわぞわする感覚になった。

そして注目したいのは「殺人犯を犠牲にする」という共通認識が彼らの中にあることだ。物語に没入していくうちに、読者もその認識になっていくのだが、その認識は倫理観が崩壊しているともいえる。殺人を犯したからといって、人の命を犠牲にしていい、という理由にはならないはずだ。ここでも、彼らが心理的不安を感じて判断力が鈍っていることがわかる。

本作は犯人を見つけたらすべて解決!というような単純な物語ではない。その先の驚きと新たな恐怖で、この上ない読書体験をすることが出来る作品だ。

ミステリーであり人間ドラマ さまざまな顔を持つ『君のクイズ』

小川哲の『君のクイズ』は、クイズを題材にした作品。物語は、生放送のTV番組『Q-1グランプリ』決勝戦の場面から始まる。クイズプレーヤーの三島玲央は、対戦相手の本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答して正解し、優勝を果たすという事態をいぶかしむ。いったい彼はなぜ正答できたのか?三島は真相を解明しようと彼について調べ、自身にとってのクイズや、自身の人生についても振り返っていく。

本作は「ミステリー小説」というジャンルを超えた魅力が詰まっている。「ミステリー」というジャンルは、例えば「登場人物の名前が覚えられない」「事件の詳細がややこしくて覚えられない」ということも少なくない。しかし本作の問題は「問題が一文字も読まれなかったのに、本庄がなぜ正答できたのか?」ということのみで、登場人物も少ない。非常にシンプルで読みやすく、普段ミステリーを読まない人や初めて触れる人も構えずに読める作品だ。

さらに本作は、単に謎を解くということだけに焦点が当たっているわけではなく、その奥にある人間ドラマも魅力だ。特に印象的なのは、三島が謎を解きながら自分のクイズや人生に向き合っていく場面。一口に「クイズ」と言っても、そこにはとても奥深いものがある。三島がクイズに出会ったように、私たちはそれぞれいろいろな「好き」を持っている。三島にとって、クイズが正解したときに鳴る音「ピンポン」は、自分を肯定してくれるとても特別なものだった。ミステリーを読んでいるはずなのに、読者は自分の特別なものを思い出したり、それらと出会った時のことを思い出したりする瞬間がある。

ところどころに挟まれるクイズや、競技クイズの舞台裏も本作の見どころのひとつ。三島が自身の人生を振り返る場面は、まるで自分がクイズプレーヤーになっているような臨場感がある。ミステリーでありながらエンターテイメント性を持った作品で、最初から最後まで一気読みできる小説だ。

ただ、本作は単純に「楽しかった」というだけの小説ではない。特に終盤では心がざわっとする展開も存在する。自分が見ている世界や「こうであってほしい」と願っている世界は、実は自分の思い込みにすぎないのかもしれない。自分が大切にしていることを、相手も大切にしているとは限らない。そんな可能性を、静かに突きつけられるような瞬間があった。