『アベンジャーズ』シリーズでおなじみマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)は、ストリーミングの世界でも新境地を模索している。
ディズニープラスで配信中の「パニッシャー:ワン・ラスト・キル」は、ポップでファミリー・フレンドリーなMCUの既存イメージとはまったく異なるハードなバイオレンス・アクション。『デッドプール』シリーズとも異なる成人向けスーパーヒーロー作品の可能性を、”配信ならでは”の切り口で掘り下げる意欲作だ。
パニッシャー、Netflixからディズニープラスへ
主人公のパニッシャー/フランク・キャッスルは、愛する家族を殺害された退役軍人。復讐に燃えるフランクは、ドクロ模様のシャツを身にまとい、犯罪者を次々に制裁してゆく。凶悪な罪人たちを生かしておけば、再び誰かが傷つく。ならば殺すしかない――。
コミックファンの間でも人気のダークヒーローであるパニッシャーは、過去にも何度か映像化されてきたキャラクターだ。現在の”MCU版”パニッシャーを演じるのは、『フォードvsフェラーリ』(2019年)などの人気俳優ジョン・バーンサル。2016年、Netflixシリーズ「Marvel デアデビル」シーズン2で初登場し、単独シリーズ「Marvel パニッシャー」(2017年~2019年)も製作された。
ただし、デアデビルやパニッシャーを含むNetflixのマーベルドラマには複雑な歴史がある。Netflixでシリーズが相次いで終了したのち、配信元もディズニープラスに移行されたが、MCUでの再登場には長い時間がかかったのだ。
パニッシャーがディズニープラス時代のMCUに復帰したのは、デアデビルの再ドラマ化である「デアデビル:ボーン・アゲイン」シーズン1(2025年)。本作「パニッシャー:ワン・ラスト・キル」は、これを経て製作された単独スピンオフであり、「ボーン・アゲイン」シーズン2に不在だったパニッシャーの現在地を描く物語である。
フランク・キャッスルの痛みと傷
今回の物語が始まった時点で、すでにフランクの目的は達成されている。家族の殺害に関わった者たちを殺し終えた今、もはや為すべきことを失った状態なのだ。己の肉体と精神、時間を復讐のためだけに捧げてきた男は、”その後”の時間をいかに過ごすのか。
フランクが街を牛耳っていた犯罪組織を壊滅させたあと、一帯の治安は急激に悪化し、チンピラや強盗が我が物顔でのさばるようになった。善良な市民たちは理不尽な暴力や攻撃の対象となり、あちこちから泣き声や悲鳴が聞こえてくる。
今のフランクには彼らを助けることができない。トラウマとPTSDに悩まされるフランクは、自宅を出ることすらままならず、手はぶるぶると震え、二度と武器は使うまいと決意している。彼を襲うのは希死念慮だ。早く、自分も愛する家族のもとへ行きたい――。そんな中、かつて自らが殺した男たちの母親が現れ、フランクへの”復讐”の決行を告げる。

主演ジョン・バーンサルがこだわるパニッシャー像
〈復讐の連鎖〉と〈メンタルヘルス〉という現代を象徴するような2つのテーマ、そして激しい暴力描写にこだわったのは、ほかならぬパニッシャー役のジョン・バーンサルだった。
「ボーン・アゲイン」での再登場にあたり、当初はマーベル側の考えるパニッシャー像と意見が合わず続投を拒否していたバーンサルは、本作では主演・脚本・製作総指揮を兼任。長い歴史をもつMCUにおいても、自ら演じるキャラクターの創作面にこれほど大きな責任を担った役者は、『デッドプール』シリーズのライアン・レイノルズ(主演・脚本・製作)とバーンサルのみである。

本作でバーンサルは、『ドリームプラン』(2021年)のレイナルド・マーカス・グリーンを監督に招き、ようやく自分が理想とする水準でパニッシャーを描くことができたという。過去に取り憑かれ、現実と想像の境界が揺らぐなか、それでもなお銃を手に取る男の物語を、その内面に潜り込むようにして紡ぎ出した。
物語の舞台となるのは、主に街の一角とマンションのみ。狭い部屋や廊下、階段などで展開するアクションは、フランク・キャッスルの重い肉体と、人を殺すことの痛みを感じさせながらもどこか痛快で、同時に詩的な哀愁を帯びてもいる。”R指定マーベル・アクション”の新しい可能性の萌芽というべきだろう。
バーンサルはスタントのほとんどを自ら演じ、フランクの亡き娘役に自らの娘を起用。しかも娘が目の前に現れるシーンを撮影するため、バーンサルは1ヶ月にわたり娘に会わず、娘がセットに到着しても挨拶さえしなかったというから、尋常ではない献身ぶりである。

配信から映画へ、横断するダークヒーロー
パニッシャーの物語を新たに立ち上げ直すにあたり、長編映画やドラマシリーズでなく、「マーベル・テレビジョン スペシャル・プレゼンテーション」という単発枠を選んだのも製作陣の慧眼だ。キャラクターの本質を短い尺に凝縮し、大胆な暴力描写を取り入れ、Netflix版以来のつながりも残しておく――まさにストリーミング時代だからこその試みではないか。同時に、たとえ本作が初見であっても楽しめるような懐の深さもある。
今後、パニッシャーは映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(2026年7月31日公開)に主要キャラクターのひとりとして登場する。マーベルで最もダークなキャラクターが、Netflixからディズニープラス、そして長編映画へと、企業やプラットフォーム、メディアとジャンルを次々に横断している現象もこれまた興味深い。
監督のグリーンによると、本作のラストでパニッシャー/フランク・キャッスルが到達する境地が、『ブランド・ニュー・デイ』におけるパニッシャーの精神状態の基礎だという。MCUではスタジオの計画ひとつでキャラクターの方向性が左右されることもあるが、パニッシャーの場合は、バーンサルが厳しく一貫性を守っているのが特徴だ。
ミニマルな配信ドラマから大作映画のフィールドへ。紆余曲折を経て、パニッシャー/フランク・キャッスルの物語が再び始まる。














