2026年3月13日、米テキサス州オースティンで開催されたSXSW 2026にて、Spotify共同CEOのグスタフ・ソーデルストロム(Gustav Söderström)がフィーチャードセッション「A Conversation With Spotify’s New Co-CEO About The Past, Present And Future Of Delivering Creativity To The World」に登壇した。

ソーデルストロムは2026年初頭にアレックス・ノーストローム(Alex Norström)とともにSpotifyの共同CEOに就任。創業者ダニエル・エク(Daniel Ek)は会長職へと退いた。

20年近くにわたりSpotifyのプロダクト&テクノロジー部門を率いてきたソーデルストロムにとって、共同CEO就任後初の大舞台となった本セッションでは、Spotify20周年を機に同社の歴史を「山登り」に例えて振り返り、新機能「Taste Profile」を発表。

さらにカントリースターのレイニー・ウィルソン(Lainey Wilson)とポッドキャストホストのデイヴィッド・フリードバーグ(David Friedberg)を迎えたパネルディスカッションが行われた。以下、セッションの内容をレポートする。

「ローカル・マキシマム」——Spotifyが繰り返してきた「山登り」

ソーデルストロムは、コンピューターサイエンスの概念「ローカル・マキシマム(局所最適)」を用いて、Spotifyの20年間を説明した。

「丘を登り、頂上に着くと気分がいい。でも見上げると、自分がいるのは小さな丘に過ぎず、本当の山”グローバル・マキシマム(全体最適)”は、はるか先にある。問題は、そこに到達するためにはまず丘を下り、不確実な谷に入り、もう一度登り始めなければならないということ。多くの企業は、この丘を下ることを拒んで死んでいく。Spotifyが今日ここにいるのは、何度も崖の淵に立ち、未知の世界に飛び込む覚悟があったからです」

第1の山:アクセス——海賊版との戦い

2006年、Spotifyが誕生した時の競合相手はテック大手ではなく、海賊版だった。ソーデルストロムが育ったスウェーデンは当時「海賊版の温床」であり、英国の音楽業界幹部がスウェーデンの同業者の損益計算書を見て「それはビジネスじゃない、趣味だ」と言い放ったほど、世界のレコード産業は壊滅的な状況だったという。

創業者ダニエル・エクは「海賊版を弁護士で倒すことはできない。より良いプロダクトで倒すしかない」と考えた。海賊版はすでに世界中の音楽を無料で・広告なしで・オフライン同期まで提供していた。しかし、致命的な欠点があった。ユーザー体験の悪さだ。Torrent※を検索し、数分から数時間待ち、ダウンロードしたファイルがラベル違いだったり、コンピューターウイルスだったりすることもあった。

※サーバーを経由せず、ユーザー同士P2Pでファイルの断片を直接送受信し合うファイル共有技術

「プロダクトの世界では、本当に優れた製品には何らかの”マジック”が必要だと言います。Spotifyのマジックは音楽へのアクセスそのものではなく、ゼロ・レイテンシー(遅延時間ゼロの通信)でした。世界中の音楽をローカルのハードドライブにダウンロード済みかのように、クリックから200ミリ秒以内に再生が始まる。つまり、海賊版を動かしていたP2P技術を再設計し、音楽産業を救い、アーティストに報酬を届けるために使ったのです」

さらに、海賊版に対抗するビジネスモデルとして「広告付き無料+サブスクリプション」のフリーミアムモデルが導入された。テクノロジーとビジネスモデルの両輪で、Spotifyは第1の山を登りきった。

第2の山:モバイル——「ガゼボの瞬間」

Spotifyが最初の山の頂上で安心していた矢先、スマートフォンが登場した。2010年夏、ストックホルム群島での社外合宿で、ソーデルストロムは黄色い東屋(ガゼボ)に集まったチームに悪い知らせを伝えなければならなかった。

「マリー・ミーカーのInternet Trends Reportが出たばかりで、データは決定的でした。スマートフォンの販売がまもなくPC販売を上回る。デスクトップを持たないユーザーが増え、彼らが海賊版からいきなりモバイルに移行すれば、『有料の壁』にぶつかって海賊版に戻ってしまう。つまり我々のビジネスモデル(無料のデスクトップアプリ+有料の携帯電話へのファイル同期)は終わる。マリー・ミーカーによれば、我々に残された時間はわずか2年でした」

ソーデルストロムの解決策は、プレミアムユーザーのデータにあった。フルオンデマンド再生が可能なモバイルプレミアムユーザーの約50%が、プレイリストをシャッフルモードで聴いていた。そこから生まれたアイデアが「シャッフルモードだけ無料で提供する」というものだった。

2013年、好きな曲でプレイリストを作り、ポケットに入れてシャッフルモードで永久に無料で聴ける初のモバイルアプリをローンチ。これによりSpotifyの成長は爆発的に加速し、何百万人もの人々が海賊版から音楽への課金へと移行した。

第3の山:ユビキティ——Spotify Connect

モバイルの山を登っていると、コネクテッドホームとハードウェアの爆発的増加(Amazon Alexa、Google Homeなど)という次の変化が起きていた。当時の常識はAppleのiOSのように一つのエコシステムを選んでウォールドガーデンを築く(ユーザーを囲い込む)ことだったが、Spotifyは逆の賭けに出た。

「Spotify Connectというプロトコルで、Spotifyはどこでも動くべきだと決めました。車でも、キッチンでも、PlayStationでも、テレビでも。私たちはロックインではなくオープンネスを選んだ。当時の私たちはスウェーデンの小さな会社に過ぎず、世界中のハードウェアメーカーに自社プロトコルの実装を説得するのは非常に痛みを伴う長い道のりでした。しかし今日、この賭け金は2,000以上のハードウェアデバイスにまたがって複利的に増えています」

第4の山:オーディオカンパニーへ——ポッドキャストとオーディオブック

次の山は「ユーザーではなく、自社の開発者を観察する」ことから見えてきた。Spotifyには全社が通常業務を止めてボトムアップのイノベーションに取り組む「ハックウィーク」の文化がある。開発者たちが繰り返し自分のSpotifyアプリにポッドキャストをハッキングして組み込んでいるのを見て、ポッドキャスト市場への参入を決めた。

同時期には、ドイツの書籍出版社が音楽アルバムに偽装してオーディオブックをSpotifyにアップロードしている現象も発見した。スキップすると1章丸ごと飛んだり、シャッフルモードで再生されたりという劣悪な体験にもかかわらず、ユーザーはこれらの本を貪るように聴いていた。

「当時の常識は、ポッドキャスト用に別のアプリ、書籍用にまた別のアプリを作ることでした。でも我々は問いました。なぜユーザーがフォーマットに合わせてソフトウェアを切り替えなければならないのか?ソフトウェアがユーザーに適応すべきではないか?」

こうして、コンテンツに応じてインターフェースが動的に変化する「アダプティブUX」が生まれた。音楽、ポッドキャスト、書籍のクリエイターがオーディエンスを相互に作用させることが可能になり、数億人のユーザーがこのアプローチを受け入れた。

第5の山:生成AI——「エージェント型メディアプラットフォーム」の構築

同セッション最大のテーマが、Spotifyが「これまでで最も高い山」と位置づける生成AIへの対応だ。ソーデルストロムは独自のフレームワークを示した。

「テクノロジー単体で破壊的変化が起きることは稀です。真に大きな破壊は、新技術が新たな非対称的ビジネスモデルを可能にした時に起こる。Spotifyがダウンロードを破壊したのは低レイテンシーのストリーミングだけでなく、広告付きサブスクリプションモデルがあったからです。UberもAirbnbもテクノロジーだけでなくビジネスモデルが産業を変えた。消費者向け領域では、広告+サブスクリプションが引き続き支配的なビジネスモデルになると考えており、実際にAI大手各社もまさにこのモデルを採用し始めています。つまり、Spotifyはすでにこの世界にぴったりのビジネスモデルを持っているのです」

一方、プロダクトの観点ではすべてが変わるとソーデルストロムは語る。

「インターネットの歴史を振り返ると、Spotifyは”キュレーション”の時代に始まりました。ユーザーが友人やトラックをSNSやプレイリストに整理していた時代です。次に”レコメンデーション”の時代が来て、アルゴリズムがその作業を代行した。そして今、”ジェネレーション”の時代に入りつつあります。消費者がはるかに大きな形で参加する時代です」

今日でも大半の消費者プロダクトは「旧式のブロードバンド」のように運用されており、ダウンリンク(ユーザーへの送信)は大量だが、アップリンク(ユーザーからの入力)はスキップやクリックといった極めて狭い帯域にとどまる。ソーデルストロムは「曲をスキップした理由は、嫌いだからか、好きだけどジムでジャズは合わないからか。アルゴリズムにとっては同じスキップに見える」と指摘する。

生成AIにより、ユーザーは自然言語でプラットフォームに「本当に欲しいものと、その理由」を伝えられるようになる。Spotifyはこれを「受動的なシングルプレイヤー体験」から「完全にインタラクティブなマルチプレイヤープラットフォーム」への転換と位置づける。

「次の山として、世界初の真にインテリジェントなエージェント型メディアプラットフォームを構築しています。話しかけ、操縦し、コントロールできるプラットフォーム。アルゴリズムがあなたのために働くのであって、その逆ではない」

具体例として、すでに導入しているパーソナライズされたラジオホスト「AI DJ」、自然言語でプレイリストのアルゴリズムを記述できる「Prompted Playlist」が挙げられた。例えば「TikTokでトレンドの音楽を全部取ってきて、自分の好みでフィルターし、すでに聴いた曲を除外する」と書くだけで、そのプレイリストが毎日または毎週自動更新される。

ソーデルストロムは、汎用LLM(大規模言語モデル)だけでは不十分だと強調する。

「LLMは事実に基づいて訓練されています。テキサスの州都がダラスだということは知っている(※州都はオースティン)冗談です(笑)。しかし、テイスト(好み)は事実ではなく意見です。ワークアウト用の音楽を尋ねても正解はない。ニューヨークの人ならヒップホップ、西ヨーロッパならEDM、スカンジナビアの僕たちならデスメタルかもしれない。言語と音楽を深くパーソナルに結びつけるには、数億人のユーザーによる何十億もの常時更新されるデータポイントが必要です。これこそSpotifyが10年以上かけて構築してきたデータセットです」

AIとアーティスト——「人間のつながりはより価値が高まる」

AIに対するアーティストの懸念にも触れ、ソーデルストロムは「恐れは完全に理解できる」と述べた上で、持論を展開した。

「2010年代初頭、コンピューターで音楽は作れないと思われていた時代に、スウェーデン出身のアヴィーチーがラップトップで音楽を永遠に変えました。しかし音楽は作るツールだけの問題ではない。音楽はアイデンティティです。ティーンエイジャーがコンサートでTシャツを買う時、単なる服を買っているのではなく、世界に自分が何者かを伝えるものを買っている。AIは、同じアーティストを愛する群衆の中に立つあの感覚を製造することはできません。生成コンテンツの世界では、真の人間的つながりの価値はむしろ高まる。これは理論ではなく、実際にSpotifyが販売した15億ドル以上のコンサートチケットにすでに表れています」

さらに「AIはアーティストと産業に大きな価値を生み出せる」とし、Spotifyの役割はその経済がその価値を正しく反映するようにすることだと述べた。「海賊版の問題を解決したように、AIの問題も解決する」と宣言した。

新機能「Taste Profile」を発表

フィーチャードセッションの締めくくりとして、新機能「Taste Profile」が発表された。これはSpotifyのAIがユーザーの音楽・ポッドキャスト・オーディオブックのリスニングをどのようにモデル化しているかをユーザーに公開し、直接編集できるようにする機能だ。

社内テスターの声として「やっと、子どもたちがいつも再生しているアーティスト2組を無視するよう設定できた。あれのせいでレコメンドが全部台無しになっていた」「若い頃はクラシック音楽が大好きだったけど離れてしまった。Spotifyにホーム画面にクラシックの棚を置くよう伝えたら、また聴くようになった」といったエピソードが紹介された。

Taste Profileはニュージーランドでのベータ版ローンチが近く予定されており、会場にいたSpotifyプレミアムユーザーにはQRコードで早期アクセスリストへの登録が案内された。

パネルディスカッション:私たちはテクノ・ペシミストになってしまった

フィーチャードセッション後のパネルには、カントリースターのレイニー・ウィルソンと、ポッドキャスト「All-In」の共同ホストで投資家のデイヴィッド・フリードバーグを迎えた。

ウィルソンは「カントリーミュージックはどこにいても故郷に連れ戻してくれるジャンル。みんなが本物を求めていて、カントリーにはそれがある」と語り、オーストラリアツアーでも観客が全歌詞を歌っていたことを紹介。Spotifyのデータでもカントリーは世界で最も急成長しているジャンルの一つであることが示された。

ウィルソンはAIによるなりすまし対策として、企業と提携してAIによるディープフェイク検出・削除を行っていることを明かした。「家族でさえ本物だと思ってしまうほど精巧になっている。ファンとの関係を本物のまま保ちたい」と強調した。

フリードバーグはAIを「クリエイティブの可能性を引き上げるもの」と捉え、Adobe Photoshopのフィルターやシンセサイザーのプラグインが登場した時も「チートだ」という批判があったが、結果的にクリエイターは新しいツールを活用して新たな音楽や映像を生み出してきたと歴史を振り返った。「ハリウッドのプロダクションハウスではセカンドユニットにAIレンダリングを使い始めていて、1970年代のトレーディングフロアを数分で再現できるようになった。クリエイターの可能性は100倍に広がっている」と語った。

フリードバーグは、ポッドキャストの差別化にはビデオの品質向上が重要だと指摘。クリス・ウィリアムソン(Chris Williamson)がマシュー・マコノヒー(Matthew McConaughey)との対談で、スター・ウォーズの実写ドラマ『マンダロリアン』と同じLEDウォールのセットを組んだ事例を紹介した。

セッションの終盤では、フリードバーグが現在のテクノ・ペシミズム(技術悲観論)への懸念を表明。「AIへの不支持率はイランより高い。人類が月に行ってウッドストックがあった1969年夏を境に、私たちはテクノ・ペシミストになってしまった」と述べ、テクノロジーが人間の寿命・健康・生活の質をいかに向上させてきたかを強調した。ソーデルストロムも「未来にはとてもポジティブです。音楽とAI音楽の分野でも、全員がこの未来についていけるようにすることが重要だと思いますが、未来は素晴らしいものであり続けると確信しています」と応じ、セッションを締めくくった。