アマゾン・ドット・コム傘下のPrime Videoは9月9日、AIとVFX(視覚効果)を組み合わせて画面上の俳優の口の動きと人間による吹き替え音声を同期させる取り組みを開始すると発表した。視聴者が物語に完全に没入し続けられる、シームレスな視聴体験を実現する。

第1弾として、Prime Videoで史上最も視聴された海外オリジナルシリーズであるドイツ語の恋愛ドラマ『マクストン・ホール』の英語版で同技術を採用。今後、他の作品にも拡大していく予定だ。

アマゾンは具体的にどのAIツールを使用したかなどは明らかにしていないが、リップシンクは芸術的ビジョンの完全性が保たれるよう、クリエイティブ面で監督されていると説明。「常に顧客を中心に据え、クリエイターが主導権を握る形で、視聴体験の向上に役立つAIの実用的かつ有益な活用方法を模索し続けていると述べた。

(文:坂本 泉)
榎本編集長「この発表で見落とせないのは、技術の使いどころの設計だ。Prime Videoが同期させるのは、あくまで「人間による吹き替え音声」と俳優の口元である。声そのものをAIで合成するのではなく、声優の演技は残し、映像側の口の動きをAIとVFXで直す。折しもドイツでは、Netflixと声優たちがAI学習条項を巡り係争中で、吹き替えの現場は技術への警戒を強めている。その渦中で、同じドイツ発のドラマを題材に「声の仕事は人間に残す」形の活用を打ち出した順序は、偶然でも無意味でもないだろう。芸術面の監督下でリップシンクを調整するという説明も、クリエイター主導の原則の表明である。AI吹き替えを巡る議論は、全面自動化への警戒に傾きがちだが、実際の導入はこうした「工程の一部だけ」の形で静かに進む。声か、口か、翻訳か。どの工程を機械に渡すかの線引きこそ、各社の思想が表れる場所になっていく。今回の線は、比較的穏当な部類と受け止められそうだ。」