Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、7月30日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。

夕木春央の『楽園』が2位 『方舟』も10位にランクイン

今回は7月20日から7月26日までのデータを元に解説する。1位は凪良ゆうの『星を編む』。本作は今週7位の『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)の続編で、『汝、星のごとく』で語りきれなかった愛の物語で、7月15日に文庫版が発売された。

2位は夕木春央の『楽園』が初登場。夕木氏の作品は10位に『方舟』もランクインしている。『方舟』は2022年の発売以降、長期間に渡り読まれている作品で、驚きの展開にSNSでも度々話題を集めている。『楽園』は、『方舟』『十戎』の著者が仕掛ける”禁忌の驚き”。夕木氏が描く、極限のクローズド・サークルミステリーとなっている。

3位は村上春樹の『夏帆 The Tale of KAHO』、4位には朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』、5位には松下龍之介の『一次元の挿し木』が続き、安定の顔ぶれ。村田沙耶香の『コンビニ人間』は先週の24位からジャンプアップし15位にチャートインした。さらに、17位には湊かなえの『王国』が初登場した。

今週のランキングは全体を通して最近の”いつもの顔ぶれ”が多かった印象。『BUTTER』(柚木麻子著)、『成瀬は天下を取りにいく』シリーズ(宮島未奈著)、『傲慢と善良』(辻村深月著)など、これまでに何度もランクインした作品が引き続き注目されている印象だった。

『方舟』『十戒』に続くクローズド・サークルミステリ『楽園』

今回は2位の『楽園』と17位の『王国』をピックアップする。

『楽園』は、『方舟』『十戒』で知られる夕木氏の最新作。極限の状況を描いたクローズド・サークルミステリだ。

本作の主人公は、亡き両親から不動産を譲り受けた康之。ある日、彼は、失踪した賃借人・海原の遺留品整理の際に、山奥の謎の物件の存在を知る。康之が恋人の沙織とその物件を訪れると、そこは切り立った岩壁に囲まれた「楽園」と呼ばれる奇妙な場所だった。「楽園」には6人の「住人」がいて、康之たちはすぐに彼らに捕まってしまう。この「楽園」から出る条件は1つ。「誰か一人を殺さなければならない」。

あらすじだけ読むと「どういうことだ」と感じるが、作品を読んで「楽園」の意味を知ると、見事なクローズド・サークルが成立していることがわかる。この先どうなるのだろうという緊張感はもちろんあるが、それ以上に、物語全体に漂う薄暗さや住人たちの不気味さに心がぞわぞわとした。

極限の状態が長く続くと、それまで抱いていた「普通」を保つことが難しくなる。本作は康之の一人称で語られているため、康之の迷いや葛藤がダイレクトに伝わってきて、自分まで極限状態に入り込んでいるような感覚になる。「普通こんな考えになる?」ということや「普通こんなことする?」という疑問は、康之の目を通しているとすぐに消える。この状況が「普通」ではないのだから。やがて予想もしなかった事件も起き、康之はさらに謎に巻き込まれていく。

また、康之と沙織の関係性や、康之の心情の動きも大きな注目ポイントだ。恋人と一緒にこの奇妙な事件に巻き込まれていることは、幸いともいえるし不幸ともいえる。時間が経つにつれて、ただ心強いという思いだけではいられなくなる。本作にはいくつもの山があり、先の読めない展開が続く。文体も読みやすく、最後まで一気に読むことができる作品だ。

湊かなえが描くミステリ群像劇『王国』

『王国』は、海を舞台にした湊氏のミステリ群像劇。湊氏は公式サイトにて「海を舞台にした、9人のイケメンが悩み、傷つきながらも、夢に向かって突き進む、ミステリ群像劇です」と説明している。生まれ故郷の海を愛する母と、国際協力事業団で海を守る仕事に就く父を見て育った浜崎朔也は、ウェルネス・ツーリズムの会社「海の王国」を興した。しかし、幼い頃からの夢が形になりかけた矢先に、悲劇が起こってしまう。

本作には、9人の男性と、彼らに深く関わる1人の女性が登場する。それぞれが強い思いを持って自身の夢に向き合っているが、全員が隠し事を抱えている。朔也の視点から始まるこの物語は、第2章で大きく動き出す。章ごとに視点が変わり、少しずつ真相が明らかになっていく構造となっている。一人ひとりの心理描写や、立場の違いから起こる葛藤などが丁寧に描かれていることも特徴だ。

湊氏は「イヤミスの女王」と称されることが多いが、本作は一味違う。もちろんミステリ小説ではあるので、事件も謎も存在するのだが、青春群像劇としての色が濃いように感じる。登場人物全員が夢に対して熱い気持ちを持っており、友人のことを思っている。大切な人や場所を思うあまり空回ってしまっている姿も見られるが、それも含めて人間らしい。謎の中にもリアルな人間の感情が存在するのは、湊氏の物語の魅力のひとつでもある。

海を舞台にした本作では、目の前に美しい景色が広がっているかのような表現も魅力的な作品。ぞわっとする不気味さよりも、人と人の絆や、夢を追いかける輝きが強く心に残る。最後には「あとがき、もしくは、序章」というパートがあるが、現実と架空の世界が交わっているような感覚になり、心に温かい光が宿るような読後感を味わうことができる。