2003年に産声を上げ、今もなお新作が作られ続けているミリタリーゲーム『Call of Duty』。その発売元であるActivisionは、リブート版「Modern Warfare」(MW)シリーズの最新作となる『Call of Duty: Modern Warfare 4』(MW4)を正式発表し、世界同時公開されたファーストトレイラーによってその全貌が明らかになった。

FPS(ファーストパーソンシューター)というジャンルは、誕生以来、常に現実の戦史や最新の軍事テクノロジーを貪欲に吸収し、そのリアリティを燃料にして進化を続けてきた。なかでもMWシリーズは、湾岸戦争や対テロ戦争といった同時代の局地戦をフィクションの舞台に変え、ミリタリーエンターテインメントの頂点に君臨してきた歴史を持つ。

プレイヤーの一人称視点で引き金を引くこのメディアは、単にスクリーンを眺める映画以上の「当事者性」を私たちに強制する装置でもある。だからこそ、新しく発表された本作がどのような現実を映し出すのかに、世界中から注目が集まるのは当然と言える。FPSが現実の戦場や戦史と不可分な関係にあることは、このジャンルにおける逃れられない宿命なのだ。

なぜ今、朝鮮半島なのか?忘れられた「休戦」という不発弾

最新作『MW4』が、シリーズ初となる朝鮮半島を主舞台に選んだことの意味は、国際政治的にも極めて重い。これまでの欧米中心の視点、すなわち「西側諸国 vs 武装勢力と国家規模の脅威」という構図から、東アジアの地政学的リスクへと焦点が移ったことは、シリーズに強烈な新鮮さと緊張感をもたらしている。

1953年の休戦以来、70年以上もの間「終わっていない戦争」を抱え、今なお徴兵制が日常に溶け込んでいる韓国という特殊なロケーション。この未だ終わらぬ冷戦の最前線にスポットを当てることは、エンターテインメントの枠を超えた批評性すら帯びている。

「超人」から「一般兵」へ。日常が崩壊するナラティブの価値

本作の最大の目玉であり、存在価値を決定づけているのが、若き韓国軍の一般兵・パクの視点で描かれるキャンペーンモードの存在だ。世界を破滅から救うために暗躍する特殊部隊「タスクフォース141」のような超人の快感とは異なり、今作が突きつけるのは、状況すら把握できぬまま突如としてミサイル攻撃に巻き込まれる等身大の恐怖である。

ポップカルチャーやK-POP、IT先進国として華やかに消費される現代のソウルの街並みが、一瞬にして凄惨な白兵戦の場へと変貌するギャップ。この日常の崩壊は、普段ゲームを深く遊ばないライト層にとっても、「もし、自分の知っている日常が戦場になったら」という生々しい恐怖、すなわち当事者としての倫理的な問いとして五感に突き刺さる。

しかし本作のインパクトは、そうした重厚なキャンペーンモードだけにとどまらない。腰撃ち時の仕様変更やマップ構造の動的変化といった、ゲームシステム面でもいくつか変更が加えられるからだ。朝鮮半島を舞台に据えたというセンセーショナルな要素が目立つ一方、『Call of Duty』が長年培ってきた対戦型FPSというブランドのあり方を巡って、コミュニティの間でも意見が分かれるかもしれない。

我々は安全圏であるリビングルームから、画面を通じてこの「未完の戦場」を覗き込む。現実の緊張が続く朝鮮半島をゲームで描くことは、単なる不謹慎な消費なのだろうか。その答えは否だ。本作の真の存在価値は、日常の地続きにある戦場の圧倒的なディテールを一人称の主観で体験させることで、世界が今なお抱える一触即発の緊張感を、プレイヤーの想像力にダイレクトに突き刺す点にある。