AIがゲームを攻略すること自体は、もはや珍しい話ではない。チェスではDeep Blueが人類王者を破り、囲碁ではAlphaGoが歴史的勝利を収めた。将棋の世界でもAIはトップ棋士を凌駕する実力を獲得している。しかし、そうした成功例の多くは「完全情報ゲーム」に属する。盤面がすべて公開され、運の要素が存在しない世界である。

そうしたなか、株式会社ポケモン、松尾研究所、HEROZが共同開催する「Pokémon Trading Card Game AI Battle Challenge」(ポケカABC)は、AI研究の新たなフロンティアを示す試みとして注目される。対象となるのはポケモンカードゲームだ。参加者はAIエージェントを開発し、その強さを競い合う。

なぜカードゲームなのか。その理由は、カードゲームが現在のAIにとって極めて難しい課題だからである。

なぜカードゲームはAI研究の最前線になったのか

カードゲームでは相手の手札が見えない。山札の順番も分からない。さらに毎ターンごとに状況が変化し、プレイヤーは限られた情報から最善手を推測しなければならない。チェスや将棋のように全情報が公開されている環境とは本質的に異なるのである。

加えて、トレーディングカードゲームにはもう一つの特徴がある。ルールは同じでもカードプールが継続的に変化する点だ。新カードの追加やレギュレーション変更によって環境は常に書き換えられる。そのため、一度学習した知識だけでは長期的な強さを維持できない。AIには継続的な適応能力が求められる。

実は、ゲームをAI研究の実験場として活用する試み自体は今回が初めてではない。2019年にはBlizzard Entertainmentのデジタルカードゲーム『Hearthstone』を対象とした「Hearthstone AI Competition」が開催され、研究者たちはカードゲーム特有の不完全情報や確率要素に挑戦してきた。

ポケカABCは、こうした系譜の延長線上に位置する取り組みと見ることができるのである。実際、HEROZは過去にデジタルカードゲーム向けAIの開発にも携わってきた。そこではカード追加のたびに性能維持が課題になったとされる。

一方で、この動きを歓迎する声ばかりではない。AIが高度化すれば、デッキ構築やプレイングの最適解が過度に可視化される可能性があるからだ。競技シーンにおいては戦略の画一化を招き、プレイヤー独自の発想や創意工夫を損なうという懸念も存在する。

しかし別の見方をすれば、AIはプレイヤーを置き換える存在ではなく支援する存在にもなり得る。初心者向けのコーチング、対戦分析、デッキ構築支援など、競技人口を拡大するツールとして活用される可能性もある。実際、スポーツやeスポーツの世界では分析AIの活用が一般化しつつある。

ゲームは今やAI研究の実験場であり、複雑な意思決定を学習するためのシミュレーション環境として機能し始めている。ポケモンカードゲームを対象とした今回のコンテストは、その象徴的な事例と言えるだろう。

カードゲームに強いAIを作ることは、単にゲームを上手く遊ぶAIを生み出すことではない。その成果は将来、ゲーム業界だけでなく、金融や物流、経営判断といった現実社会のさまざまな領域へ波及していくかもしれない。ポケモンカードゲームの対戦卓で始まった研究は、AIの次なる進化を占う試金石となるだろう。