Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、6月4日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。

凪良ゆうの著書が2冊ランクイン 2年半ぶりの新刊『多類婚姻譚』&映画公開控える『汝、星のごとく』

今回は5月25日から5月31日までのデータを元に解説する。1位は連続して朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。朝井氏は「本屋大賞」のスピーチからもうかがえるように、トーク力も持ち合わせており、朝井氏と作家・加藤千恵のPodcast「信頼できない語り手」も度々SNSで話題になっている。作品はもちろん、著者の朝井氏本人にも関心が集まっているように感じる。

2位は5月27日に発売された凪良ゆうの『多類婚姻譚』。本作は『星を編む』から2年半ぶりの凪良氏の新刊で、SNSでは発売前から盛り上がりを見せていた。3位は高橋佳子の『悩みの本』だった。高橋氏は40年以上にわたり、現代日本屈指の「心の専門家」として、生きた実践哲学である「魂の学」を提唱。本作は、悩みを解決するのではなく、その悩みの奥にある意味を見つめ直す本、とされている。

そして15位には『国宝』で話題を集める吉田修一の最新作『タイム・アフター・タイム』がランクイン。吉田氏の最新作にして作家デビュー30周年記念作品だ。

10位のオードリー・若林正恭の著書『青天』は、先週の40位から大きくランクアップ。そのほか、4位は秋に映画公開が迫る凪良氏の『汝、星のごとく』、5位にはドラマ化が決定した松下龍之介の『一次元の挿し木』が引き続きランクインしている。実写化を受けて今後も長く注目を集めることが予想される。

凪良ゆうが「結婚」をテーマに描いた『多類婚姻譚』

今回は凪良氏の『多類婚姻譚』と吉田氏の『タイム・アフター・タイム』をピックアップする。

『多類婚姻譚』で凪良氏が描いたテーマは「結婚」。セクシュアリティ、ジェンダー、金銭感覚、世代間格差、成育環境など、あらゆる価値観の対立の中で現代を生きる人たちの祈りと叫びが描かれた連作短編集だ。

本作にはさまざまな価値観とその違いから生まれるズレがいくつも描かれている。「結婚はゴールではなくスタートだ」という言葉があるが、本作の登場人物たちの葛藤を見ていると、まさしくその通りだと唸ってしまう。もはやその「スタート」に立つまでがものすごく難しい。男女間や世代間の感覚の違い、成育環境によって培われた金銭感覚や自意識の差。人間は誰一人として同じではないとわかっていながらも、近しい人にはどうしても「自分のことをわかってほしい」と思ってしまう。

だからこそ私たちは言葉を尽くして「わかって」と訴えるのだが、それでも乗り越えられない「違い」は確かに存在する。好きだからわかってほしいのにわかってもらえない。自分が正しいと思っていることを主張すればするほど相手と離れていくもどかしさ。愛情だけでは乗り越えられない生活感覚の差。

もちろんそれらの違いを受け入れて良い関係を築いている人たちもいるだろう。しかし、これまでの人生で培ってきた価値観は、よほどのことがないと変えることができない。人間関係というのは、それが恋人同士でもそうでなくても、「違い」の受け入れ方で距離が変わるのだろう。

本作の登場人物も、誰もが自分の価値観や意見を持っていて、それを主張している。そして誰か一人だけが明確に間違っている、というわけでもない。自分が誰に感情移入するのか、誰に対して違和感を覚えるのか、それを通して、自分が大切にしているものや価値観まで浮き彫りになるような作品だ。また、本作は連作短編集なので、すべての作品が少しずつ繋がっている。立場や関係性によって人の見え方も変わる。それも連作短編のおもしろみであり、人間関係はひとつの線だけではないのだと感じる部分でもある。

本作はまさしく「現代」だからこその問題や違和感が重なり合っている作品だ。読み終わった後は誰かと語り合いたくなった。

過去の痛みも抱きしめる まっすぐな恋愛小説『タイム・アフター・タイム』

『タイム・アフター・タイム』は、建設会社に勤める尾崎颯と彼の高校の同級生・久遠愛を取り巻く物語。2人は土砂降りの雨のなか、偶然再会し、同じプロジェクトの担当者として再び言葉を交わすようになる。尾崎の家庭にはスキャンダルが迫り、久遠も癒えない心の傷を抱えていた。揺れ始める心はやがて、20数年前の夏へと引き戻されていく。

本作は尾崎や久遠だけでなく、2人の同級生や久遠の兄など、2人を取り巻く登場人物の目で語られる多視点小説。現在と高校時代を往還しながら話が進んでいくので、彼らの思い出がじわじわと私たちにも伝わってくる。場面や視点が数多くあるのに読者が置いてけぼりにならないのは、登場人物の繊細な感情の動きが丁寧に伝わってくるからだ。

さわやかとは言えないような出来事がいくつも起こるが、それでもこの物語の背景には「青」「空」「海」「夏」のような眩しいキーワードが存在する。晴天が続いていたのに突然嵐が来るような急展開もあるが、本作に存在するのは「痛み」だけではない。痛みの向こうには、誰かを思う気持ちの純粋さや力強さ、そして優しさが確かにある。

尾崎も久遠も、現在をしっかり見つめて生きている大人だ。しかし再会したことによって、過去にも引き戻されていく。過去に戻ることは決して悪いことではない。それが苦しい過去だったとしても、そこで抱えた痛みや後悔が、長い時間を経て現在の自分を支えてくれることもある。2人の姿からは、そんなことも伝わってくる。今までずっと大切にしているもの、過去に大切にしていたもの、人。それを記憶ごとぎゅっと抱きしめたくなるような物語だ。

500ページ超えの長編小説ではあるが、2人の感情や運命の行く末を知りたくて一気に読めてしまう。読み終わったときには、彼らの思いや人生が強い余韻となって深く残る。過去の彼らのことも現在の彼らのことも愛おしくなり、こんなにもまっすぐな恋愛小説があるのか、と驚いた。

そして本作では装丁の美しさにも注目したい。ブルーを基調としたカバーはもちろん、カバーを外した本体も美しい。まるで空と海が繋がっているようなブルーのグラデーション。背表紙には白い文字でタイトルと著者名が書かれている。思わず部屋に飾っておきたくなる1冊だ。