Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、5月21日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。
文庫化された『リカバリー・カバヒコ』、池井戸潤の最新長編『ブティック』がランクイン
今回は5月11日から5月17日までのデータを元に解説する。1位は通算29回のチャートインとなる朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。本作は連続で1位に君臨し続けている。2位は青山美智子の『リカバリー・カバヒコ』で、本作は5月12日に文庫が発売された。3位は7月期の読売テレビ・日本テレビ系新日曜ドラマとして実写化される『一次元の挿し木』(松下龍之介著)。先週の13位から大きくランクアップした。
4位の『君のクイズ』(小川哲著)、14位の『未来』(湊かなえ著)は現在実写映画が公開中。6位の『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)は10月に実写映画公開が控えている。
12位の『ブティック』(池井戸潤著)は今週が初のランクイン。本作は5月13日に発売した池井戸氏の2年ぶりとなる最新長編。主人公の雨宮秋都は、入行3年目でエリート街道を歩んでいたが、ある案件をきっかけに理不尽な戦力外通告を受けてしまう。退職を決意した秋都が見つけた、新たな希望とは…というストーリー。本書は、ダイヤモンド社、集英社、文藝春秋、講談社が4社合同で実施し、四季に合わせて新刊4作を連続刊行する「池井戸潤プロジェクト2026」の第一弾となる書籍だ。今後刊行される新作にも注目が集まることが予想される。
実写映画公開中 湊かなえ『未来』
今回は湊氏の『未来』と、青山氏の『リカバリー・カバヒコ』をピックアップして紹介する。『未来』は、未来の自分から届いた手紙の場面から始まる長編ミステリー。黒島結菜、山崎七海(※「崎」は「たつさき」が正式表記)、北川景子らのキャストで実写化され、現在公開中だ。
本作は章子を始めとした複数の視点で繰り広げられる。章子の章は、未来の自分から届いた手紙を読むというSFのようなスタート。章子は小学生の頃から、未来の自分に返事を書き続けていた。父の死など、辛いことが身に起こりつつも、最初は明るく前向きな章子。しかし、年齢を重ねるにつれていじめや母の恋人からの暴力など、さまざまな試練が彼女を襲う。彼女の手紙は未来の自分に宛てられているものでありながらも、日記のようなものだ。読んでいると章子の成長や心の動きや揺れがリアルに感じられて、胸が苦しくなる瞬間がある。
章子は未来の自分からの手紙に書いてあった前向きな言葉を信じていた。しかし、章子が現実を前向きに懸命に生きるには、苦しいことが多すぎた。その中で葛藤しながらも、未来の自分に手紙を書き続ける章子の姿を見ていると、無責任にも「がんばれ」と応援したくなってしまう。
章子に届いた未来の自分からの手紙は、本当に彼女が書いたものなのだろうか?そんな疑問を章子とともに抱えながら読み進めていくうちに、物語の視点が移り変わっていく。中盤からラストにかけては、予想もしていなかったことが次々に発覚し、前半部分と繋がっていく。読み終わるとやるせない気持ちと、彼女たちの未来を信じたい気持ちの両方がこみ上げてくる。
本作の肝は、多視点から語られるそれぞれの人生だ。私たちは、当事者本人の口から語られていないことでも、周囲の声が大きければそれを無意識に真実のように受け取ってしまうことがある。外から見ているその人たちの人生と、彼らが生きてきた人生は違うものだ。自分が見ているものと人が見ているものは違う。そんな当たり前のことでも、私たちは気づかないことがある。当事者のことを”知る”ということ、知ろうとすることが、どれだけ大切なことなのか、突きつけられた気持ちになる。
湊氏の小説は、登場人物の人生をすぐ近くで見ているような没入感がある。自分の人生とは似ているはずもない人生でも、登場人物と生きているような気持ちになってしまう。だからこそ長編小説でも最後まで集中力が途切れることなく入り込むことができるのだ。
しんどい心にそっと毛布をかけてくれる作品 青山美智子『リカバリー・カバヒコ』
青山氏の『リカバリー・カバヒコ』の舞台は、新築分譲マンションアドヴァンス・ヒル。近くの日の出公園には古くから設置されているカバのアニマルライドがあり、自分の体の治したいところと同じ箇所を触ると、そこが回復すると言われている。そのカバのアニマルライドは、”リカバリー・カバヒコ”と呼ばれていた。
アドヴァンス・ヒルに住む人たちは、子どもから大人まで、何かしらの悩みを抱えている。例えば、高校に入学してから思うようにテストの点数が取れなくなってしまった高校生、ママ友との関係がうまくいかない主婦。彼らが抱える悩みは、私たちが日常で抱える悩みと遠くないもので、どこかリアルだ。
本作は連作短編となっており、どの話にもカバヒコが登場する。悩みを抱える住人たちは、みんなそれぞれのタイミングでカバヒコに出会い、「リカバリー」してくれるというカバヒコの伝説を聞く。カバヒコには魔法の力があるわけではない。しかし、彼らは何も言葉を発しないカバヒコの前だと素直になることができ、自分が本来何を望んでいるか、どんな自分になりたいのかを再確認していく。
人が人からよく見られたいと思うことや、見栄を張ることは、おかしなことではない。社会に揉まれ、新しい人と出会い、少しずつ無理が重なると、どうしても自分に鎧をかぶせてしまう。それは自分が傷つかないためのものでもあるが、無理をしているとどこかで体や心のどこかに不具合が生じる。本作は、そんな固まってしまった心を、住人たちやカバヒコを通して優しくほぐしてくれる作品だ。しんどい心にそっと毛布をかけてもらったような感覚にもなれる。
本作は何か劇的な展開があるわけではないが、じんわりと胸が温まり、優しい涙があふれてしまうような作品。疲れたら一旦立ち止まり、また明日からもがんばろうと背中を押してくれる温かな物語の詰め合わせだ。














