ネットとリアルが融合する国内最大級の文化祭「ニコニコ超会議」。

あらゆる物事がデジタル化され、AIによって正解が即座に提示される現代において、この巨大な祝祭はいかにしてその熱量を維持し続けているのか。

今年のキャッチコピーに掲げられたのは「動けば、届くんだ。」という力強いメッセージ。そこには、効率や合理性とは対極にある、人間ならではの情熱と余白への深い洞察があった。

今回「MEDIAMIXI」では、同イベントを統括する株式会社ドワンゴ取締役・横澤大輔氏にインタビューを敢行した。ネットカルチャーの象徴となった歌手・小林幸子氏との絆、会場全体を熱狂させた「超ニコニコ盆踊り」に秘められた緻密な戦略、そしてテクノロジーが進化するからこそ生まれる”心の隙間”の埋め方。ライブエンターテインメントの最前線を走る同氏が描く、祝祭の未来図を紐解く。

「動けば、届くんだ」 すべての来場者が主役となる空間の創出

──「ニコニコ超会議」も今年で15回目を迎えました。統括プロデューサーとして、今回特に注力されたポイントを改めてお聞かせください。

横澤: 超会議はそもそも、「好きなことを思いっきり好きと言える場所を作る」ということを一貫したコンセプトに据えてきました。その上で、今回メッセージとして強く打ち出したかったのが、新しく掲げたキャッチコピーにもある「動けば、届くんだ。」という思いです。

「動いた人」が、楽しい世界を体験できる。例えば今すでに有名な方であっても、元を辿れば、日常とは違う「自分の好き」を表現するために、どこかで一歩を踏み出したはずなんです。その姿が注目を浴びたり、誰かに影響を与えたりしているのは、彼らが「何かを決断して一歩を踏み出した」結果だと思うんですよね。

自分がこういうことをやってみたい、誰かに何かを届けたい、勇気を与えたい……。そうした思いが「届いている」という状況。今回の超会議では、来場者の皆さんにも、その「一歩を踏み出す勇気」を持ってほしいというのが大きなテーマでした。

──「動けば、届くんだ。」という言葉の通り、主役はあくまで一歩を踏み出すユーザー側にあるのでしょうか。

横澤:我々としては、どうすればその背中を押してあげられるのか。一つひとつのブース設計やゾーニング、ホスピタリティ、あるいは運営の細かなオペレーションに至るまで、その一歩を越えてもらうための仕掛けを考え抜いたんです。

よく「今回の目玉は何ですか?」と聞かれるのですが、以前は「目玉を作らなきゃいけない」という焦りのようなものがありました。ですが、特定の目玉がなくても「超会議だから行く」と思ってもらうにはどうすべきか。それを模索し続けたのが、ここ3年間の歩みでもありました。そうした意味では、今は「すべてが目玉」だと言えます。

実際に会場を見ていただければわかる通り、お客さんが思いっきり楽しんでいる姿、笑顔、ジャンルを超えた交流や絆、そしてサプライズ的に起こるハプニング。そうしたものが自然発生する「空間そのもの」を目玉にしていきたいですね。

文化の境界線を溶かす「包容力」 小林幸子と歩んだネットカルチャー史

──MIXIが手掛ける「超モンストひろば」ブースを取材させていただいた際、歌手の小林幸子さんが登壇されており、凄まじい熱気に包まれていました。今回、小林さんをメインに据えたイベントを企画された経緯や、お迎えするに至った背景を伺えますでしょうか。

横澤: やはり小林幸子さんは、四世代にわたって愛されるアーティストとして、本当に稀有な存在だと思っています。演歌という歴史と伝統のある世界から、現代のボーカロイドやアニメという領域まで。異なる世代を結ぶアーティストである小林さんが、このサブカルチャーを心から愛し、みんなの架け橋になってくださっています。そうした小林さんの発信するメッセージや、すべてを包み込んでくれるような包容力こそが、多様なコンテクストや文化の橋渡しを可能にしているのだと感じています。

今回のMIXIさんとのコラボレーションにおいても、小林さんは本当になくてはならない、代えがたい存在です。そうした素晴らしい方だからこそ、ぜひ今回もご一緒させていただきたいと考え、お迎えすることになりました。

──小林さんは今やネットコミュニティにおける象徴的なアイコンとして定着しています。ニコニコ超会議と小林さんのこれまでの歩み、そして連日のパフォーマンスに込められた想いについて教えてください。

横澤:やはりサブカルチャーとメインカルチャーを結びつけてくださる橋渡しとしての存在感は、計り知れないものがあると思っています。歴史を振り返れば、小林幸子さんがテレビの枠組みを超えて、新しい活路を模索されていた時期がありました。そこでネットカルチャーに先見性を見出していただき、我々と一緒に歩んでいくというご縁をいただいたのが始まりです。

最初に、サブカルチャーとの接点をどこに設けるかを話し合った際、選んだ場所が「コミックマーケット(コミケ)」でした。小林さんは「自分の楽曲を頒布してみたい」という思いをお持ちでしたが、ただ演歌を出すのではなく、当時のネットシーンを象徴する「ボーカロイド」と幸子さんの歌声を混ぜてみてはどうかとご提案したんです。すると、「何それ、面白そう!」と非常に強い興味を持ってくださって。そこから楽曲制作が始まり、「CDを作って頒布しましょう」となったのですが、小林さんは最初「頒布って何?」という状態でした(笑)。

そこで、「コミケには関係者入り口もありません。自分の手でブースに立って売るのが文化なんです」とお伝えしたら、「そういうのは慣れてるわよ」とおっしゃって。下積み時代に全国を回って自分たちの手で売ってきた経験があるから、「むしろ懐かしいくらい」と笑って引き受けてくださったんです。

そうして実際にコミケのブースでボーカロイド曲を頒布し、マーケットの熱量に直接触れていただいた。そこからミュージックビデオを作り、我々のイベントに出演し、ユーザーの皆さんと交流を深めていく……。小林さんとネットコミュニティの接点は、そうして自然発生的に、かつ強固に成長してきました。

──最初のアプローチとして、あえてボカロやコミケという、演歌とは対極にあるような現場を選ばれたのは驚きです。

横澤:コロナ禍や、我々がサイバー攻撃を受けた困難な時期もそうでした。ネットカルチャーという文化が踊り場に差し掛かり、みんなが少し不安を感じていた時、小林さんの存在が光となって我々を牽引してくださった。運営だけでなくユーザーの皆さんも、そうした歴史の中で幸子さんとの絆を感じてきたのだと思います。だからこそ、毎年の超会議では彼女を象徴的な存在としてお迎えしています。

今回は超モンストひろばブースに加え、「超ニコニコ盆踊り」では皆の心に花を咲かせる「花咲かばあさん」として登場していただきました。桜が咲けば、自然とそこに人が集まってきます。この少し殺伐とした世の中に、桜の化身としてお花を咲かせてほしい。そんな想いを込めて、今回もご出演いただきました。

──ある意味で、活動の初期段階から、小林さんとネットカルチャーの間には非常に高い親和性があったということでしょうか。

横澤:相性というよりも、深いご理解があったのだと思います。そして何より、そこに上下を作らなかった。

一般的に、サブカルチャーをどこか「下のもの」として見てしまう方は少なくないと思うんです。「自分たちの世界より格下だけれど、歩み寄って合わせる」というスタンスではなく、同じ目線まで降りてきて、ご自身も一緒に楽しんでくださった。ですから、単なる相性というよりは、「文化のすべてをフラットに受け入れてくださった」という表現の方が正しいかもしれませんね。

分散化への危機感が生んだ「超盆踊り」 一体感を作るための戦略的ソリューション

──会場でひと際盛り上がりを見せていた「超ニコニコ盆踊り」について伺わせてください。この企画は、どのような着想から生まれたものなのでしょうか。

横澤:超ニコニコ盆踊りは、ある切実な課題解決から生まれた企画なんです。

というのも、これまでの超会議では、クリエイターの方々の居場所を作るために「クリエイタークロス」を設置し、彼らに物理的なスペースを提供してきました。それ自体は成功でしたが、一方でコンテンツがどんどん多様化・分散化していった。このままではコミュニティがニッチな方向へ細分化され続け、いつか全体が縮小してしまうのではないか……という強い危機感がありました。

多様性を認める一方で、「圧倒的な一体感というもう一つの車輪が必要だ。この両輪が揃わなければ、文化として死んでしまう」と思ったんです。では、どうすればこの巨大な会場で一体感を作れるのか。やはり「音楽」で繋ぐしかない。ただ、通常のライブステージだと「アーティスト(1)対 観客(N)」という構造になり、観客はあくまで「見る側」になってしまいます。有名なアーティストを呼べば盛り上がりますが、それはもう「フェス」であって、超会議が目指す形とは少し違う。悩んでいたとき、SNSで「盆踊り」の動画が流れてきたんです。そこには、誰もが知る楽曲で、全員が同じ振り付けで踊るという強烈なフォーマットがありました。「これだ!」と思いましたね(笑)。日本の伝統文化をアップデートするという以前に、一体感を作るための最強のソリューションとして、盆踊りを採用することにしたんです。

──アーティストを眺めるフェスではなく、全員が当事者になる祭りの構造を取り入れたのですね。

横澤:そうですね。中央に櫓(やぐら)を据えれば、本人が歌う「1対N」のライブとしても成立するし、盆踊りという形式であればその場に集まった方々を参加させることもできます。余計な捻りは加えず、ストレートに「超盆踊り」というシンプルな名前で勝負しようと。一見するとただ盆踊りをやっているだけに見えるかもしれませんが、僕の中ではかなり緻密な計算がありました。

ただ、社内の会議で「今年のメインコンテンツは盆踊りだ」と言ったときは、もう総スカンでしたけどね(笑)。誰もフォローしてくれませんでした。最終的には、「アニメ盆踊り」などを手掛けられている日本舞踊家の孝藤右近さんにお声がけして、演出監修をすべてお願いしました。そうして、超会議ならではの熱狂を生み出す超盆踊りを完成させることができたんです。

効率化社会へのカウンター 「無駄」と「余白」に宿るリアルイベントの醍醐味

──会場を拝見しましたが、どのブースも分け隔てなく盛り上がっており、参加者の皆さんの生き生きとした表情が印象的でした。コロナ禍を経てリアルイベントの価値が再定義される中で、ニコニコ超会議が果たすべき役割は、以前と比べてどのように変化したとお考えでしょうか。

横澤:コロナ禍を経て社会全体の風潮として、「無駄なもの」が削ぎ落とされたという印象を強く持っています。一度これまでの世界線が分断されたことで、物事が極端に効率化されてしまった。もちろんネットで完結できることも増えましたし、コミュニケーションや、例えば飲み会一つ取っても「それ、何の意味があるんですか?」と、あらゆることに「意味」を求めていく時代になったと思うんです。

ですが、やはり「意味がない」と思えるようなところにこそ、心の余裕やエンターテインメントの本質がある。僕らは、その無駄なものをどれだけ詰め込めるか、どれだけ「余白」を作れるか。それこそがリアルの醍醐味だと考えています。コロナ禍を経て変わったことといえば、その「余白」の楽しみ方において、運営とお客さんのコミュニケーションがより強固になった感覚があります。

「どうやってこの隙間を埋めていこうか」とお客さん自身が考えてくれる。我々が作り込みすぎず、隙間を残しておくことで、お客さんもそれを見つけた時に「自分事」として入ってきてくれるんです。そうした絆の形が変わってきたなと感じます。

──「余白」という観点では、企業による大規模な出展と、コスプレに代表されるようなユーザー主体の発信が共存しています。超会議という場において、企業ブースとユーザー発信型コンテンツのバランスについては、どのような比重で設計されているのでしょうか。

横澤:これは企業さんが抱える課題にもよりますが、例えばゲームやアニメといった特定のジャンルに絞られたイベントだと、かえって企業が入りにくくなっている現状があると思うんです。マーケットへの理解度やコスト面でのハードルが上がっており、企業側が参入しようとした際、お互いの商業的な思惑がぶつかり合って、結果として面白いものが作れなくなってしまう。参加者も作る側も、どこか事務的、商業的になりすぎてしまうんですね。

その点、我々はこれまでにも多様なコンテンツやIPを扱ってきました。その点を踏まえると、「何を持ってきてもいいですよ」という柔軟なプレゼンテーションができるのが強みです。お取引いただく企業の課題に合わせて、ネットカルチャー、アニメ、VTuber、ゲーム……ありとあらゆる要素を組み合わせ、ユーザーとの接点を作ることができる。そこで大きな役割を果たすのが、私が勝手に提唱している「超」という言葉の力です。

──おっしゃる通り、超という一文字には想像以上のポテンシャルが秘められていると感じます。

横澤:ありがとうございます。企画に超という冠をつけていただくことは、ある種の意思表明になると感じていて。「企業という枠組みや境界線を超えて、ユーザーさんと接点を持つ」ということであったり、「これまでの自社の概念を超えて、新しいことに挑戦する」ということでもあると思うんです。あるいは「リアルとバーチャルの境界を超える」という意味も含まれます。

あらゆる場面でこの超という言葉を使い、我々の世界観に馴染んでいただく。そうすることで企業とユーザーの接点が自然に生まれます。ですから、設計における比重というよりは、企業さんの課題とユーザーさんの関心がマッチしたときに、どんなコンテンツを提示できるかという自由度を重視しています。その自由度が相当高まってきているからこそ、多くの企業さんにマッチしていただけているのではないかと感じています。

──先ほどのモンスターストライクや、リリース前の新作など、大型ゲームIPとニコニコ超会議が協業することによって、新しい可能性がどのように生まれるとお考えでしょうか。

横澤:超会議という場所には、非常にアクティブなユーザーが集まっています。「ここに何か面白いものがあるんじゃないか」という強い興味関心を持ってくださる方が多い。そのため、コンテンツの「体験者」の数が非常に多く、熱量も高いのが特徴です。

また、ここにはアーリーアダプター層が非常に厚いという側面もあります。感度の高い彼らが超会議で新しい体験をし、それを自ら拡散していく。特にゲームというジャンルにおいては、こうしたアクティブな層にいち早く触れていただけることは、マーケット戦略としても非常に大きな意味があると考えています。

さらに、我々には「ゲーム実況」という文化が根付いています。配信者の方々とコラボレーションすることで、ゲームのプレイ体験と、そこへの導入を両輪でうまく回し、広げていく。こうしたニコニコならではの強みを活かした、非常に良い取り組みができるのではないかと。

──広めるだけでなく、ユーザーがそのゲームに居着くための『土壌』をリアルの場で作っていると。

横澤:そうです。我々は『#コンパス 戦闘摂理解析システム』というアプリゲームをNHN PlayArtさんと一緒に運営していますが、そこでもネットとリアルのイベントを連動させています。

普段の日常と、超会議のようなお祭りの世界。この両者をうまく組み合わせながら、ゲームのリテンション(継続率)をいかに維持していくかというノウハウは、我々の中にかなり蓄積されています。そうした知見を様々なIPへ横展開していきたいという思いもありますので、今回MIXIさんをはじめとするパートナー企業様とこうした取り組みができることを嬉しく思います。

AI時代における「心の隙間」 人間の情熱が駆動するライブエンターテインメントの未来

──昨今はAIの発展やストリーマー文化の隆盛など、テクノロジーもコミュニティの形も激変しています。その中で、プロデューサーとして今後挑戦してみたいライブエンターテインメントの形や、新たに構想されているイベントなどはありますか?

横澤:先ほどのお話とも重なりますが、世の中はますます「無駄のない世界」になっていくと感じています。実際にAIを使ってみるとわかりますが、彼らは正解しか言いませんし、ある意味で人間にとって一番の理解者になり得ます。そうした「絶対的な理解者が側にいる」という安心感を手に入れたとき、人類は反動として、絶対に「無駄なこと」を求めていくと思うんです。

これまでは、社会に安心感が足りないからこそ外側にそれを求めていた側面があった。けれど、これからはAIというベースによって生活や精神が安定するからこそ、人はもっと新しいことへのチャレンジをしたくなるはずです。そうした背景から生まれるチャレンジを、超会議のような場所でどうキャッチアップしていけるか。僕はそれが今、すごく楽しみなんです。

これまでの「リアルとネット」「伝統とデジタル」の融合だけでなく、超盆踊りのような「ありそうでなかったもの」をさらにアップデートしていく。かつて日本人が大切にしていた「祭りの感覚」のようなものを、現代の文脈で取り戻していくようなイベントをやっていきたいですね。

──そうなると、最新技術をいかに使いこなすかという点でも、従来のエンターテインメントとは異なる思想が求められそうですね。

横澤:技術とはあくまで、我々の「こうしたい」という意思を実現するためのツール(道具)だと思います。なので、「技術ファースト」でイベントを作ることはしたくなくて。技術を使うことそのものが目的化したエンターテインメントは、文化にはならないと考えています。

大切なのは、フィジカルな思いや「こういう世界を作りたい」という意思。そこにどう技術を組み込むかです。演出の拡大や周知のために、AIという存在を活用することには非常に興味があります。

ただ、最終的に僕が作りたいのは、AIによって生活が満たされたからこそ生まれる「心の隙間」に投げかけるような企画や演出です。便利で正しい世界だからこそ湧き上がる人間の情熱やチャレンジを、エンターテインメントの形に昇華させていきたい。それがプロデューサーとしての個人的な想いです。

(了)