Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、8月20日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。

加賀シリーズ『あなたが誰かを殺した』、ガリレオシリーズ『永遠の記憶』が1位2位

今回は8月10日から8月16日までの文芸部門のチャートを元に解説する。1位は東野圭吾さんの『あなたが誰かを殺した』。本作は”ミステリど真ん中”の加賀シリーズで、8月12日に文庫が発売された。続く2位も東野さんの『永遠の記憶』。本作は『ガリレオ』シリーズの最新長編作で、8月5日に発売された。『ガリレオ』シリーズとは、ガリレオと称される天才物理学者の湯川学が、常識を超えた謎に挑むミステリーだ。

東野さんの作品はこの2冊以外にも11位と16位に『白鳥とコウモリ』上下巻、15位に『魔女と過ごした七日間』がランクイン。7月の東野さんの訃報は世間に大きな衝撃を与えた。訃報を受けてさまざまな書店で追悼コーナーが設けられている。このランキングからも、東野さんを偲び、改めて過去作を手に取る読者が多いことがうかがえる。

3位には夕木春央の『方舟』、4位に朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』、5位には凪良ゆうの『汝、星のごとく』が続く。他にも、6位に『BUTTER』(柚木麻子著)、7位に『星を編む』(凪良ゆう著)、9位に『一次元の挿し木』(松下龍之介著)、10位に『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈著)など、安定の顔ぶれが並んだ。

8位には誉田哲也の『マリスアングル』が登場し、先週の49位から大きくランクアップ。本作は姫川玲子シリーズの第10作で、8月7日に文庫版が発売された。

容疑者の息子と被害者の娘が真実を追う『白鳥とコウモリ』

今回は文芸部門チャートで11位、16位を獲得した東野さんの『白鳥とコウモリ』に注目したい。本作は2017年、東京竹芝で善良な弁護士・白石健介の遺体が発見されたところから始まる。捜査線上に浮かんだ倉木達郎は、1984年に愛知で起きた金融業者殺害事件と繋がりがある人物だった。刑事の五代が捜査をしていく中で、倉木は突然、自分が2つの事件の犯人だと自供する。

倉木の自供によって事件は解決したかと思えたが、被害者・白石の娘の美令と、容疑者・倉木の息子の和真は、互いの父の言動に違和感を抱いていた。2人は真実を調べるために手を組むことになる。

過去と現在、2つの事件が絡まり合う本作。文庫版は上下巻に分かれている大ボリュームの作品だ。上巻では事件のことが丁寧に描かれている。その一方で、五代、美令、和真が抱える違和感はそのまま読者の違和感となり、事件の全容がつかみきれない。倉木が供述していることは本当に真実なのか?その謎は解けないまま上巻は幕を閉じる。

謎を抱えたまま下巻に突入すると、過去と現在の真実が次々に明らかになってくる。上巻でもやがかかっていたものが一気に晴れていくような感覚だ。ミステリーとして真実が気になることはもちろん、複雑に絡まり合った人間関係も見どころ。その中でもやはり和真と美令の絶妙な関係性は大きな注目ポイントだろう。立場が異なる2人が真実を求めて協力し合う関係は、見ていて妙に切ない。上巻と下巻では、2人が見ている景色も読者が見ている景色もガラッと変わる展開が待っている。

また、現代のSNSや報道が持っているある種の怖さが描かれていることも印象的だった。誰もが簡単に意見を言えるSNSという場所は、使い方によっては鋭い刃になる。その刃は事件の当事者だけでなく、その家族の生活まで大きく変えてしまう。

被害者の家族、容疑者の家族、そして事件に関わる人々の視点から描かれる本作は、ミステリーでありながら重厚な人間ドラマでもある。読後は『白鳥とコウモリ』というタイトルが深く胸に残り、正義の意味や誰かを守ることの意味を改めて考えたくなる。

本作は松村北斗と今田美桜のダブル主演で映画化され、9月4日に全国公開される。この重厚な人間ドラマがどう描かれるのか、映画にも注目したい。

7人の作家が「夏」をテーマに書き下ろした『プレゼント』

2冊目のピックアップは、総合書籍チャート”JAPAN Book hot 100″で8位を獲得した『プレゼント』。本書は、伊坂幸太郎、江國香織、恩田陸、梨木香歩、町田そのこ、宮部みゆき、米澤穂信という現代を代表する7人の作家が「夏」をテーマに書き下ろしたアンソロジーだ。毎年恒例の夏に行われる書店フェア「新潮文庫の100冊」50周年を記念して刊行された作品となっている。

どの作品も魅力的だが、今回はこの中から3作品を紹介したい。伊坂氏の『ウッドペッカー荘事件』は、書き出しから伊坂氏の世界観が満載の作品だ。主な登場人物は2人で、一見探偵のバディもののように感じる。短い作品の中に謎となんともいえない不思議さがぎゅっと詰まっていて、メインの2人の絶妙な距離感が癖になる。本作は単なる謎解きものではなく、終盤にかけてはさすが伊坂氏とうなりたくなる展開だ。

町田氏の『きっとあの日の光と同じ』は、大人気シリーズ『コンビニ兄弟』のスピンオフ作品だが、単体でも十分楽しく読むことができる。甘酸っぱい初恋を描いた、夏にぴったりの物語だ。恋に落ちたときの表現がとてもさわやかで、読みながら自分の「あの夏の恋」を思い出す人も多いのではないだろうか。ハートフルな物語で、ラムネを飲んだときのようなさわやかな読後感を味わうことができた。

米澤氏の『無明』は、7作の中でも特に胸にずっしりと響く社会派の作品。短い中にも現代の問題が凝縮している作品で、うだるような夏の熱が体と心にまとわりつくような感覚を覚えた。

アンソロジーの魅力は、やはり「今まで知らなかったおもしろさ」に出会えることだろう。本書も各作家の個性が詰まっており「他の作品も読んでみたい」という好奇心を刺激する。ミステリーや青春、ファンタジーにホラーと、ジャンルもさまざま。一編一編がメインディッシュのようで、贅沢なコース料理を食べているような感覚になった。