創業した2か月は誰も客が来なかった
徳力:今日はMIXI創業者の笠原健治さんにお話を伺います。社員の方々も、実は笠原さんのことをここまで知らないんじゃないのかなというところまでお話いただきます——本当にすごい人なんですよ、僕が言うのも変な話なんですけど。
笠原:お願いします。
徳力:笠原さんは、創業が「FINDJOB!」(ファインド・ジョブ。求人サイトの先駆け)で、次に「mixi(ミクシィ)」、今は「家族アルバム みてね」と、3つのサービスを軌道に乗せているわけですよね。日本の起業家でもすごく珍しいケースじゃないかと思っていて。まず「FINDJOB!」のお話を。本当に一人ぼっちで始めた?
笠原:最初はそうでしたね。「FINDJOB!」は一人で立ち上げたサービスでもあり、一番思い入れというか、いろんなことを経験して、学ばせてもらったなって。
徳力:仲間内でみんなでやろうぜ、とかじゃない。
笠原:そうですね。それができればよかったんですけど、当時はそこまでインターネットに詳しい人も周りにいなかったですし。
徳力:大学の三年生だと、周囲は就職を意識し始めてるタイミング?
笠原:みんな、それどころじゃないって感じ。でもその分、いろいろ自分で学ぶしかなかったので、ウェブサイトの。
徳力:すべてですね。サイトの立ち上げから、契約の握り方、お金のもらい方まで。それこそ営業も、電話をかけてされた。全部、最初は一人で。
https://youtu.be/v15txO8zQnM
笠原:でも本当にそれがいい経験になって。サービス作りの面白さを経験できたというか。
徳力:笠原さんにとっては、それが辛い思い出じゃなくて、いい思い出なんですね。
笠原:ある意味、そうですね。
徳力:起業が本当に好きなんですね。
笠原:そうですね。失敗する可能性の方が高いと思うので、その責任も自分だけで負えるというか、迷惑をかけない、というのもありましたし。あと、「FINDJOB!」自体「絶対これはいけるだろう」と思っていたので、一刻も早く試したかった。自分で動くのが一番早かった。
徳力:「FINDJOB!」で辛かった思い出を、あえて一個挙げるとしたら?
笠原:最初の2ヶ月ぐらいです。全然、無風だったんですよ。
徳力:求人サイトを立ち上げたけど、依頼が全く来ない?
笠原:誰からも。怖くて、一件も求人が載っていないところに出す人なんていないですし。
徳力:当時はインターネットの勃興期で「サイトを作れば、世界中からアクセスが来る」という風潮がありました。でも当然、誘導しなければ誰も来ないですからね。意外と、そこは天然だったんですね。
笠原:一応、誘導もしてアクセスはあるんだけど、何も依頼がない。そこから一生懸命、電話をかけて集め出して。でも、やっぱり求職者は、一定のボリュームがないと、なかなか応募してくれない。出せども出せども、無駄打ちに終わっちゃう。
徳力:最初は企業に電話をかけて、「求人をこちらにも載せませんか」と。成功報酬型で?
笠原:最初からは無理だと思ったので、「無料でいいので掲載お願いします」と。
徳力:そして今度は、求職者側にアクセスしてもらわないといけない、という次の苦労がやってくる。最初にマッチングしたのは、どれぐらい経ってから?
笠原:めっちゃ、当時は長く感じたんですけど、多分2、3ヶ月後ぐらいに。
徳力:2、3ヶ月でようやく。
笠原:「めっちゃ人が来たよ」とおっしゃってくれる企業がちらほら出始めて「すごく良かったんで、またお願いしますね」と。
徳力:今となっては2ヶ月で成功ってすごいことですけど、当時の笠原さんにはとって地獄の2ヶ月?
笠原:「あと1ヶ月粘ってダメだったら、もう辞めようかな」と。
徳力:その求人をしてくれた会社と、応募してくれた人たちに感謝ですね。
笠原:本当にそうですね。日記、足跡、コミュニティ。mixiの独創性は本当にすごかった
徳力:97年に創業して、98年に一緒にやってもらえる人たちに出会って、会社を作るのが99年。採用サイトはBtoBですから、当時は個人向けのサービスにこだわりを持っていたわけではないんですね。
笠原:一応、翌年に「eHammer!」(イー・ハンマー。日本初のオープン・ライセンス型オークションサイト)というのを開始していて、そこで初めて、C向けの面白さがわかりました。最初は現実的に収益が上がりそうなところから入っていった、という感じですね。
徳力:当時はまだ、個人がネットにお金を払うって、プロバイダ料金ぐらいがせいぜいだ、という時代でしたからね。で、「FINDJOB!」が徐々に軌道に乗っていく中でトライしたのが、mixi(mixi)になるわけですね。サービス開始が2004年。mixiを始めたのはどんな経緯で?
笠原:C(コンシューマー)向けってすごく自分事になって面白いな、と。B(ビジネス)とは違うワクワク感がある。身近な人も使ってくれるし、誰でもユーザーになるというのがすごく面白い。ちょっとした違いなんですけど、全然面白さが違うな、ということは感じていたところでした。
あとは、「FINDJOB!」をやっていく中で、ちょっと限界も感じて。当時、「よりトラフィックを抑えた起業が勝ち」という風潮もありました。ヤフーが圧倒的に強くて、楽天さんも当時、インフォシークとか、いろんなポータルサイトを買収したりしていて、よりトラフィックを高めていくんだ、という流れがあって。
なので、この先、C向けサービスだったり、多くの人が使うサービスを手掛けていくことは大事なんじゃないかな、ということは思ってはいましたね。そういう中、バタラさんという、ご存知だと思うんですけど、彼が「海外でSNSが流行ってるよ」という話をしてくれて。「うちの会社でもどうだろう」と話が始まって。
自分もそこで初めてSNSに触れたんですけど、フレンドスター(アメリカで最初に流行したSNS)を使ってみて、衝撃的というか「変わったサービスだな。すごく面白い」と。当時、ネットに個人情報をさらすのは、御法度でしたので。
徳力:特に日本はそういう抵抗感が強かった。「ネットは匿名なんだ」っていう。
笠原:そうですよね。やっちゃいけないことのはずが、なんなら名前を出してる人もいるし、その友達関係が見られる。とにかく衝撃的で。この人のページに行けば、この人の友人もわかるし。さらに友人をクリックすると、その友人の友人もわかるし。
徳力:あれは本当に衝撃的でしたね。ちょっと今の若い世代に伝わるか、わからないですけど。
笠原:今の子でも、最初に初めてインスタを使ったら、それなりに衝撃はあると思うんですけど、まあ、そういう感じですよね。なので、これは日本で流行るかというのが、ちょっとわからなかったのですが、「うまくいけば人が人を呼んで、めちゃめちゃ広がる」とイメージできました。
一方で「あまり使い続ける理由がないかも」というのも気になったんですよ。特にフレンドスターって、友達の友達ぐらいまでは見れるんだけど、その先は見れない設計になっていて。友達グラフを作るのを楽しむサービスだったんですけど。
それはいいんだが、使い続けるには、やっぱりコミュニケーションができる必要があるだろう、というのは、自分たちが独自に考えて。
そのために何が必要かな、ということをチームを作って話していって、日記機能や、足跡機能、コミュニティ、フィード機能など、そういう機能は自分たちが考えて実装していきました。
徳力:mixiの独創性は本当にすごかったです。僕は当時ブロガーだったので、mixi日記自体は使ってなかったんですけど、そのmixi日記の代わりに、ブログを連携する機能もつけてくださっていたので。
おかげで、つながっている人たちにすごくブログを読んでもらえるんですよね。多分、今「SNS」というと、多くの人はXやインスタをイメージすると思うんですが、友達を登録するというのが、もともとのSNSの出発点で。そこにコミュニケーション要素を入れるというのは、実は世界的に見てもmixiが早かったんですよね。
これはもっと評価、歴史的に評価されて然るべきですね。タイムラインを発明したと言われているツイッターが始まったのが、2006年。それをフェイスブックが真似してくる。実はmixiは、その数年前から、友達の日記のタイムラインを作っていたという。
当時、「mixiは儲かってない」というのが話題になって。「mixiのビジネスモデルをみんなで考えよう」というイベントが開催されたのが、めちゃめちゃ印象的で。
笠原:あれ、始まって半年ぐらいの話なんですよね。今から思えば、すごくせっかちな話で。
徳力:でも当時、一般人からすると収益が上がってないサービスって、もう大変なことになるので。
笠原:ありがたい話ですね。
徳力:だから、僕は笠原さんってmixiのイメージが強かったから「収益はどちらかというと後回し側の人なのかな」と思っていたんですけど。もともとはビジネスの方に興味があって、「FINDJOB!」も、起業がしたくて始めて。
しかも最初はイー・マーキュリーという、商売の神様を意識した社名にしていて。結構、実は収益は重視している人だったわけですよね。でも、mixiは当時、サーバーコストも大変だったのでは?
笠原:「FINDJOB!」がかなり収益が上がっていたので、利益もすごく出ていて。そこは全然、カバーできる範囲ではありました。
自分も、「最終的にC向けのサービスを作って、インフラ的なサービスを作りたい」というのは最初から思っていたと思うんですよ。mixi自体、そうなる可能性があると思っていましたし。
「eHammer!」もやりましたけど、オークションでもやっぱり一強になるというか、「一社が総取りしていくというのが、インターネットにはあるよね」と言われていて。で、その総取りというのは、インフラ的に広がって、そこにネットワーク外部性がひたすら効きまくって、人が人を呼んで、どんどん価値が高まっていって、圧倒的に強くなる。
そういうのをいくつも見てきていたので、C向けサービスも、最終的にはそこを目指すべきだとは思っていた。なので、mixi自体も、今はまずユーザーを広げる時期だけれども、その先にあるのは、圧倒的なナンバーワンになっていき、さらには収益も圧倒的に取れるはずだ、という思いでやってはいましたね。
徳力:実際、mixiの思い出で、一番いい思い出って何ですか。当然、サービスはまだ今も動いてますから、「思い出」って言っちゃうと、ちょっとユーザーの方に怒られちゃうかもしれないですけど。
笠原:「mixiがきっかけで私たち、出会って結婚しました」みたいなことは、すごく言ってもらいますし。それは本当にすごいことだと思うので。
徳力:すごく大勢の人たちの人生を、いい意味で変えてますよね。
笠原:街角で、mixiを開いているのが見えたり、「昨日mixiでなんとかがさ」みたいなのが、ふと後ろから聞こえてきた。高校の同級生からも、「お前のサービスだったのか」と。
徳力:逆に、辛かった思い出っていうと何ですか?
笠原:もうずっと、改善しては怒られ、みたいな記憶が強くて。最初の半年、1年ぐらいは、いい感じだったんですけど。
徳力:同時に応援も。当然、一個改善すると、「ありがとう」という声がたくさん来る。
笠原:来ていたんですけど。mixiニュースが初めてだった気がするんですけど——mixiニュース、僕も思い入れたっぷりで、企画にも関わっていたんですけど。あれを始めた時に、2列構成だったのが、3列構成になったんですよね。
徳力:サイトがね。
笠原:ヤフーとかでもそうだったと思うんですけど。
徳力:一時期、3列がすごく流行りましたからね、パソコン時代。
笠原:ただ、徳力さん、「3列がとにかく邪魔だ」という話と「ニュースが鬱陶しい」というので、めっちゃ炎上したんですよ。
徳力:やっぱり人によるんですね。ニュースに興味がない人もいる。mixiはあくまで、友達のコミュニケーションを見に行くところだから、ニュースは必要ないし、表示画面が減っちゃったじゃないか、と。
笠原:今思うと、すごくよくわかりますし、もっとうまいやり方もあったんだろうなと思うんですけど。企画してる側としては、もう「絶対これをやったら便利だし、いいだろう」みたいな。「喜んでくれるだろう」と思って開始したら、怒られて。
徳力:難しいですよね。ユーザー数が増えてくると、実は人数が少数だったとしても、怒りのエネルギーが見えてしまうと、それがすごく強く見えちゃう。
笠原:mixiの場合、よくも悪くも、バイラルが効きまくるので。「マイミクのなんとかさんが怒ってます。だから自分も腹立たしいです」とか。最悪、そのマイミクのなんとかさんが、それで辞めていく場合、自分もちょっと、使うモチベーションが下がっちゃう。「事態をなんとかしなくちゃ」みたいな、そういう気持ちにはなりましたね。
徳力:今となってはSNSって毎日炎上するのが当たり前の場所になりましたけど。Xはイーロン・マスクさんが「対戦型SNSだ」と言っているくらいで、喧嘩上等のプラットフォームになっちゃいましたけど。
当時は確かに、SNSができたことによって、一部の人の怒りが伝播する「炎上」が初めて可視化された時期かもしれないですね。
笠原:SNSに求めている像というのが、一人一人、微妙に違うし、どこを使ってるか、というのも意外と違うので、運営していく難しさを感じていました。
mixiを超えた「みてね」。新しいサービスを作るためには、社長でいる必要がなかった
徳力:最近、「やっぱり国産SNSが必要だった」という議論が始まっています。
MIXIさんが上場会社になった結果、規制が厳しくなった印象があるんですよ。これは笠原さん側からは言いづらいだろうから、僕の、外側から見ていた印象として言いますけど。そうすると「個人情報の確認を絶対しないといけないから」って、ガラケーの確認が必須になって、それによって、海外のユーザーが登録しにくくなったり。
炎上が初めて可視化されたことで、これを全部なくそうとすると、かなり無茶なことを国内のSNS業者に強いてしまった。結果、関係のない海外のSNSが、結局日本でもトップを取ることにつながった、というのは、僕はすごく残念だったなと。
でも、この後、笠原さんは、また今度は「みてね」を成功させるんですよね。これは本当にすごい話だなと思っていて。一回、社長も交代されるじゃないですか。そして、「みてね」を始めた。これはどういう経緯なんですか。笠原さん的には、新しいサービスをやりたくて社長から退いた感じ?
笠原:そうですね、そこもあったと思っていて。会社としては、新規事業が必要な時期ではあったんですよね。会社って、そもそもどんな時期でも新規事業が必要だと思ってるんですけど。
当時、特にmixiが厳しくなっていく中、新しい事業を出していかなくちゃね、となっていて。新規事業を生み出すという意味においては、自分自身がずっとやってきたことでもあるので。やりたかったことでもあるんですよね。
徳力:どんどん新しいのを立ち上げたい側の人ですね。
笠原:やっぱり、「FINDJOB!」の頃から、「これがいけるんじゃないか」と自分で仮説を立てて、実際に作っていく時のワクワク感とか。それが本当に当たって、喜んでもらえて、「いいね」って言ってもらえた瞬間、嬉しいですし。それがまた収益に変わっていく瞬間というのも、非常にやりがいを感じていて。
それをいくつか経験できたので、「これぐらいだったら、これぐらい行くんじゃないか」という体感値があった。なので、本当にやりたいことだし、会社としてもやるべきことだし、というのが重なっていく中、現場のプロデューサーとしてやりたいな、という気持ちは強かったですね。
徳力:「みてね」のユーザー数、世界累計利用者数が3000万。mixiを超えてしまったんですね。
笠原:そうかもしれないですね、はい。
徳力:始めた時に、そういうイメージは湧いていた?
笠原:世界に広げられる、とまでは思ってなかったかも。その気持ちはありましたけど。
徳力:「ここにはニーズがある」から始まったそうで。「mixiを超えるサービスを生み出したい」と思ってブレストしたのですか?
笠原:超えたい気持ちは当然、ずっとあります。ただ、それを言い出すと、本当に逆に手が動かなくなる。
徳力:その順番が大事なのかもしれないですね。最初から大振りを狙ってしまうと。実は笠原さんの事業って全部、あくまで手前から始まってるんですよね。その結果、うまくいったから、2000万を超えたり、3000万を超えたり。
笠原:あんまり、比較して始めるものでもないとは思うので。あくまで、絶対的な価値として面白そうか、とか。ちゃんと広がるか、とか。そういうのは考えますけど。でも本当に、幸せな公私混同というか。
徳力:自分自身が、混同なんだ。
笠原:めちゃくちゃヘビーユーザーですし、大好きなサービスですし。それを直接、改善していけるのは、もう、楽しすぎるというか。
徳力:本当に好きなんですね、そういうのが。
笠原:そうですね。まあでも、本当に楽しいですよね。
徳力:mixiにしても、みてねにしても、2000万、3000万というユーザー数を超えるサービスを、多分、同じ人が生み出しているケースって、世界でもあまりないんじゃないかなと思うんですよね。なんで、それができるんですか?
笠原:まあでも、本当に優秀な人たちのおかげです。mixiで言えば、バタラさんとか、原田さんとかもそうですけど、本当にたくさんの優秀な人たちに関わってもらいましたし。
「みてね」でも、そういう意味では、デザイナーで今も一緒にやっている渡辺さんや、エンジニアの酒井さん、ビジネスでいえば佐藤亮さんとか。他にもいろいろいるんですけど、本当に優秀な人たちのおかげです。
「みてね」を作れたのは「モンスト」のおかげ。その爆発力は想像を超えていた
笠原:もう一つ、「みてね」の場合でいうと、やっぱり「モンスト」の収益力というのが強かったです。mixi社だからこそ、生み出して、育てることができたな、という。
徳力:「FINDJOB!」があったからこそ、mixiが始められたように、モンストがあるからこそ「みてね」も、ある意味、長い目で見てもらえる、ということですね。モンストは、笠原さんはあまり関わってないんですか。
笠原:そうですね。木村さん(現社長)が生み出した事業ですし。そこも、いろんな人が、やっぱり優秀な人たちが関わりながら、ずっとやってきてるので。すごいな、と思いながら見てますけど。
徳力:モンストの成功は、笠原さんからすると、どういうふうに感じて見ていたんですか。
笠原:驚き。
徳力:サービス立ち上げ屋としては、当然、自負があるわけじゃないですか。でも、モンストが出てきて、ある意味、会社を救う存在になるわけですけど。
笠原:そうですね。いや、作ってる当時から、スマホのゲーム、あと、もちろんソーシャルコミュニケーション要素というのが強いんですけど。スマホのゲーム自体は、すごくいい市場なので、楽しみだなとは思っていましたけど。スマホゲームxソーシャルコミュニケーションの盛り上がりは全く予想してなかったので、驚き。
徳力:ゲームの世界の金額は凄まじいものがありますが、別に妬んだりはしないんですね。
笠原:もちろん。感謝と尊敬しかないです。でも本当に、始まって2日目ぐらいに、木村さんが来て「なんかすごいことになりますよ」と。
徳力:そうか。最初のアプリの登録とか、課金の具合がすごいから。
笠原:彼にははっきり見えたと思うんですけど。
徳力:その時は、笠原さんはまだ話半分、聞いてもわからなかった。
笠原:いや、確かに今はいいかもしれないけど、どうなんだろうな。でも、うまくいってほしいな、と思いながらも。
徳力:当時も「モンスト、一発屋だ」と言われてましたけど、今となっては「もう何年続いてるんだっけ?」という領域に。当時、僕も木村さんに話を聞いて、すごく印象的だったのが、木村さん的には「あれはある意味、mixiのリベンジ」とおっしゃっていたんですよね。ちょっと、正確な言葉は忘れましたけど。
いわゆるソーシャルゲームって、mixiとかフェイスブック上で行われるゲームが中心だった時代があって。mixiも、サンシャイン牧場とか、すごいブームがありましたけど。それが一段落した後に、モンストって、いわゆるスマホゲームの中でも、友達とやるという文脈がすごく強いゲームで。
だからあれは、本当にmixiならでは。だからこそ、今も息の長いヒットになっているというのが、なんか僕は勝手にすごく感動しちゃって。笠原さん的には「すごい。こんなに行くんだ」みたいな感じだったんですね。
笠原:そうですね。なので、その可能性を信じきっていたというか、やり抜いたのが、木村さんだと思うので。自分は多分、そこまで、そこに賭けれなかったと思うので。
第三の創業期。全社員への自社株贈与はずっとやりたかったが、タイミングを見ていた
徳力:次に「第三の創業」という文脈について、話をガラッと変えてお聞きしたいんですけど。今回、社員に無償で株をプレゼントする、と言っていいんですかね。すごい発表だなと思って。今、やっぱりいろんなイベントに参加すると、みんなとこの話になるんですよね。昨日も。あれはどういう思いそれこそ18億でしたっけ、を社員の皆さんに配られるという。
笠原:そうですね。ずっとやりたかったことの一つではあって。
徳力:やりたかったんだ。
笠原:そうですね。「みてね基金」とかもやっているんですけど。ある意味、やりたかったことではあるんですよね。「みてね基金」を通じて、子育てをもっと楽に、楽しくしていけたらいいな、というのもありますし。
大学の教育機関などにも寄付していたのですが、一方で、「社内に還元したいな」というのも、思いとしてはずっとあった。どのタイミングでやるのか、というのも結構難しかったり、バックオフィスも結構大変な話で、気軽に言い出しにくかった。
徳力:お年玉を配るのとは、わけが違いますからね。
笠原:「これ、どうしたもんかな」と思ってたんですけど「第三の創業期に、というストーリーの中でやるのはありなんじゃないか」と他の役員も言ってくれて。
徳力:第三の創業期というのが、僕はまだちょっとピンと来てないんですけど。第二の創業期はいつなんですか。
笠原:やっぱり、モンストが中心だと思います。第一がインターネット黎明期で、「FINDJOB!」とかmixiが起こり、第二期がスマートフォンですよね。
徳力:そうですね、そうですね。
笠原:そこで、モンストはじめ、いろんなサービスを生み出していくことができて。第三は、やっぱりAIだと思うので。
徳力:なるほど。
笠原:AIは、まだ黎明期かもしれない。AIの時代において、絶対ここからAIを活用した大きなサービスが、いくつか出てくると思っているので。
徳力:毎年の進化が凄まじいですからね。
笠原:そうですね、はい。
創業者だけど現社長に小言をよくいわれる。でも居心地はいい理由
徳力:これは、ちょっとマニアックな質問になっちゃうんですけど。笠原さん、創業者ではありますけど、社長を一回やってから辞めてるわけじゃないですか。社長を辞めるのって、結構大きい話だと思っていて。ちょっと、私自身の話になっちゃうんですけど。笠原さんは、社長を辞めて、結構長いですよね。
笠原:十三年ぐらいかな。
徳力:言葉を選ばずに居心地が悪くなったりしないですか?
笠原:いやいやいや。居心地は全く良くて。
徳力:なんか本当に、素晴らしい笑顔で喋ってるから、そうなんだろうなと思うんですよ。でも、一回社長をやってると、なんかこう、言いたくなりません?
しかも、オーナーなわけじゃないですか。でも、木村さんに任せてる感じなんですね。どういう感じなんですか。ちょっと想像できないなと思って。
笠原:まあ自分としては、新しい事業を作っていく、というところがやりたいことなので。そこをやらせてもらってるし。もし、やらせるとまずいんじゃないか、みたいな状況だとしたら、もうやらずに去っていきたいなと思ってるんですけど。ギリギリ、やらせてみたい、となってる気はするので。
徳力:木村さんにも聞いてみたいですけどね。どういう感じに思ってるのか。
笠原:なので、ちょっと客観的に見ながら考えはしますけど。やらせていいんじゃないか、とはなってる気がするので。その限りにおいては、自分は、新規事業にやっぱり携わっていけるのが、一番楽しいので。
徳力:幸せなんですね、そこがね。
笠原:関われるのが、やっぱり嬉しいですよね。
徳力:木村さんは、だから、笠原さんにとっては上司になるんですよね。
笠原:そうですね、はい。
徳力:言うことを聞くんですか。
笠原:僕ですか? もちろん。本当に、いろいろ、お小言を。
徳力:木村さんが笠原さんにお小言とか言うの?
笠原:四六時中、お小言をいただきます。
徳力:え、マジで。それを聞くんですか。
笠原:聞きます。腹が立つな、と思いながら聞いて。でも、そこは本当にフェアだし、フラットだし。
徳力:いい関係ですね。
笠原:責任を全うしよう、という気持ちが強い人で。なので、もう全然、厳しいことも言われますし。僕も、まあそうだな、と思って聞いてます。
徳力:今のところ、MEDIAMIXIさんのサブチャンネルのYouTubeを見てる限り、木村さんが笠原さんにお小言を言いそうな雰囲気は、全く出てないですけどね。
笠原:うーん、なるほど。
徳力:カメラが回ってない裏では、ちゃんと言われるんですね。
笠原:そうですね。まあ、いろんな事業に対して厳しいですけどね。
徳力:そっか。木村さんは、会社を成長させるためのKPIの行き過ぎに対する問題提起もされてましたけど、コミット力はすごいですね。やっぱり、10から100とか、100から1000をやるのは、やっぱり木村さんが向いてて。笠原さんは、やっぱりゼロイチの方に思い入れが強くて。
笠原:まあ、木村さんも、ゼロイチを本当はやりたいかもしれないですけど。
徳力:そっか。その、モンストを立ち上げた方ではありますもんね。でも、そこは逆に、役割分担として。木村さんは社長として。
笠原:幅広く見るのも、多分好きな人なんで。なので、はい、いろいろと言われますし。
徳力:いや、すごいですよね。だから、日本って、それこそ孫さんとか三木谷さんとか、創業者がずっと社長をやるのが普通です、という感じですよね。だから笠原さん、本当にすごいなと思って。
日本のヒエラルキー・カルチャー的な考えでいうと、やっぱり、社長を一回やった人っていうのは、もうそのまま辞めても、やっぱり個人会社の社長とかをやって、ずっと社長をやるもんだ、みたいなイメージを持ってる人が、すごく強いと思うんですけど。笠原さんの中には、そういうのは全然ない?
笠原:自分としては、やっぱり、世界中に広がるような、圧倒的なサービスを作りたい、というのが一番大きいので。それが別に、社長である必要はないというか。別に、どんなポジションでもいいかな、とは思っていて。
海外展開そしてAI時代の新体験を目指す人たちに来てほしい
徳力:これからmixiが第三の創業期、先ほどAIの話もありましたけれども。どういう人たちと、mixiと一緒に新しいことに挑戦していきたいか、みたいなのを——「これからmixiに入りたいな」と思う人もたくさんいると思うので。どういう人を求めているのか、第三の創業期に入ってきてほしいメンバーに対して、最後にメッセージを。
笠原:一つは、海外をもっと増やしていきた、広げていきたいと思っています。モンストであればインドとか、再度展開を開始していたりとか。ベッティング事業も、オーストラリアとか英語圏中心に広げていこうとしたりとか。「みてね」は欧米だったり、アジアも、広げていきたいと思っていて。
なので、海外。日本はもちろん伸ばしていきつつも、海外でも成功させていきたいと思っているので。そこに熱意がある人を求めています。そうですね。海外でどれだけ勝てるか、というのがmixiとしては、すごく重要なフェーズになるかなと思ってます。
徳力:そういうことなのか。
笠原:それに加えて、やっぱり、新しい事業も引き続き目指していきたいと思っているので。AI時代に合った、今までにはない、新しい価値、ユーザー体験。そういうのも作りやすい時期だと思うので、ぜひ、そういうのを一緒に作っていきたいですね。
徳力:MIXIって時価総額1500億円を超えて2000億円に迫る企業じゃないですか。僕、「創業」って言われると「えっ」と思っちゃったんですけど。確かに海外、そしてAIの黎明期って考えるとまだまだ市場も伸び代もめちゃめちゃあるんですよね。
笠原:そうですね。
徳力:確かに。だから、今の大きいmixiに入りたいな、っていうんじゃなくて、逆に、もっとmixiを大きくしてやるんだ、っていう思いの人に入ってきてほしい、ってことですね。
笠原:そうですね、はい。
徳力:引き続き注目しておりますので。今日は本当にありがとうございました。
笠原:ありがとうございました。














