Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、4月16日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』が引き続き1位
今回は4月6日から4月12日までのデータを元に解説する。4月9日に本屋大賞が発表されたこともあり、大賞を受賞した朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』が先週に引き続き1位となった。本作は漫画等も含めた全体のランキングでも3位にランクインしており、注目度の高さがうかがえる。
13位には先週ランク外だった朝井氏の『正欲』もランキングに浮上。『正欲』は2022年の本屋大賞ノミネート作で、今回の朝井氏の受賞を機に再び注目が集まったと予想される。本屋大賞2位に選ばれた佐藤正午の『熟柿』は、先週の18位から3位になり、大きくランクアップした。
2位には『本好きの下剋上 ハンネローレの貴族院五年生 3巻』(香月美夜著)、14位には『謎の香りはパン屋から 2巻』(土屋うさぎ著)、18位には『天国での暮らしはどうですか 2巻』(中山有香里著)と、シリーズものがランクイン。『本好きの下剋上』は、現在テレビアニメも放送されており、人気が高い作品。『謎の香りはパン屋から 2巻』は『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の続編ということで、心待ちにしていた読者も多かったのではないだろうか。現役看護師・イラストレーターの中山氏が描く『天国での暮らしはどうですか 2巻』は、SNSで大きな話題になった作品の第2弾だ。大切な人を残して亡くなったペットや人間たちが天国で豊かに暮らす様子をオムニバスでつづっている。
『殺し屋の営業術』ジェットコースターのように展開していくミステリー
今回は4位の『殺し屋の営業術』、13位の『正欲』に注目したい。
『殺し屋の営業術』は第71回江戸川乱歩賞を受賞した野宮有によるミステリー作品。主人公は営業成績第1位、契約成立のためには手段を選ばない凄腕営業マンの鳥井。彼はアポイント先で刺殺体を発見し、自身も背後から襲われ意識を失う。彼を殺したのは「殺し屋」で、鳥井も口封じのために殺されそうになってしまう。そんな絶体絶命の状況の中、鳥井は「ここで私を殺したら、あなたは必ず後悔します」と”商談”を始める。
本作で注目したい点のひとつに、鳥井の心情の変化という部分がある。彼はどの現場でもトップ成績を誇っていたが、人生において特にやりたいことも心が動くこともなく、いつも虚無感を抱えていた。元カノからは「生きてて楽しいの?」と言われてしまう始末。彼はピンチをきっかけに殺人請負会社で営業をすることとなるのだが、これまでに体験したことのないような体験をし、出会ったことのない人物に出会っていく。彼の心情が次第に変化していく様は、読者としては少々心配でもあり、その一方でどこかワクワクしてしまう。
また、目が回るようなスピーディーな展開や、鳥井が置かれる非常にスリリングな状況、その上で鳥井が冷静な目を持っていることも本作の魅力。鳥井はもちろん恐怖に怯えることもあるが、ここまで磨き上げてきた営業のノウハウを使って生きていく彼に目が離せない。鳥井以外の登場人物も癖があり、一度彼らのことを知ってしまうと忘れられない。ストーリーも会話もテンポが良く、まるでジェットコースターのように展開していく物語に夢中になっているうちに、あっという間にエンディングを迎えた。ラストのスピード感は圧巻で、『それがここに繋がるのか』という清々しさまであった。7月29日には続編『殺し屋の出世術』の発売が決定している。
改めて注目が集まる『正欲』 多様性という言葉の脆さ
『正欲』は2021年に発売された朝井氏の長編小説で、2023年には稲垣吾郎と新垣結衣の共演で映画化。本作は息子が不登校になった検事・啓喜や、ある秘密を抱える女性・夏月などを中心に多視点で語られる物語で、異なる背景を持った人物たちの人生がじわじわと重なり合っていく。令和に年号が変わる時期のことを描いた作品であり、『イン・ザ・メガチャーチ』と同様に本作もところどころでそのときの時代を感じる描写が登場する。
「多様性」という言葉は、現在、あらゆる場面で使われるようになった。本作でも登場するが、マイノリティの人物を主役にした物語やドラマなども多く生まれ「多様性を認めよう」という声が大きくなっていったのを、私たちはリアルに感じているはずだ。
しかし本作を読む前と読んだ後では、その「多様性」という言葉の意味が自分の認識とまるで違っていることに気づかされる。「自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」「お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ」というせりふには、頭をどかんと殴られた気持ちになった。
人間は思っているよりもずっと複雑で、自分の想像に及ばないことが多くあるということ。自分の持っている想像力は、とても小さくて、限界があるということ。そのことを嫌でも実感させられる作品で、自分の思っていた世界の色が変わるような感覚になる作品だ。また、作中の「この地球に生きている人は皆、宗教が違う」という言葉は、『イン・ザ・メガチャーチ』との繋がりを感じた。














