Apple TVに、久々のハリウッド大作がやってきた。
映画『メーデー』は、『デッドプール』シリーズのライアン・レイノルズ、『オリエント急行殺人事件』(2017年)などの名探偵ポアロ役で知られる名優ケネス・ブラナーのW主演によるアクション・コメディ。監督・脚本は『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』(2023年)のジョン・フランシス・デイリー&ジョナサン・ゴールドスタインという、洋画ファンなら見逃せない話題作だ。
『トップガン』から生まれた? 奇妙な冷戦バディ
1987年、冷戦末期のソ連。米海軍パイロットのトロイ・”アサシン”・ケリー(ライアン・レイノルズ)は、CIAの極秘偵察任務に参加するが、アクシデントで敵地に取り残されてしまう。
負傷したトロイを発見したのは、元KGB工作員ニコライ・”ニック”・ウスティノフ(ケネス・ブラナー)。祖国のため働いてきた凄腕の男だが、現在は組織を離れ、なぜかアメリカ文化をこよなく愛している。米国へ帰りたいトロイと、新しい人生を求めるニック。本来なら敵対するはずのふたりによる、奇妙な逃避行が始まる――。

物語のカギは、劇中の前年にあたる1986年公開の『トップガン』(1986年)だ。
米海軍のパイロットたちは「あの映画があってよかった」と喜ぶほか、ニックの自室にはトム・クルーズの写ったポスターも登場。冒頭の飛行シーンは『トップガン マーヴェリック』(2022年)さながらの撮り方で、まるでライアン・レイノルズが『トップガン』に出ているかのような風合いだ。
製作は『トップガン マーヴェリック』(2022年)のスカイダンス・メディア。もっとも、創作の出発点は『トップガン』ではなかったという。

きっかけは、デイリー&ゴールドスタインが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の制作中に「『ミザリー』(1990年)をコメディにしたらどうなるか?」と考えたこと。「熱狂的なファンのもとへ、憧れの対象本人がやってくる」という骨格を、「アメリカのすべてを愛する人物が、冷戦下の宿敵であるソ連人だったら」と膨らませた。
ケネス・ブラナー&ライアン・レイノルズ、異色タッグのコントラスト
こうした設定をコメディとして面白くしているのが、レイノルズとブラナーの芝居だ。
近年、デッドプール役などで早口のジョークと皮肉を得意とするキャラクター性を確立してきたレイノルズだが、本作のトロイは意外なほど普通の男。「そこまでやらなくても」と思うような即興的な悪ふざけも顔を出しているが、本作ではスターとしてのキャリアを確立する以前、まだ抑制的な演技を見せていた頃のスタイルを垣間見せている。

対するニックは、アメリカ文化を崇拝する元工作員で、ロシア訛りの英語を話し、ときには現役顔負けの身体能力を発揮する――要するにかなりのくせ者だが、ブラナーはこの役柄に正面から向き合っており、観客を一切笑わせようとしていない。
本作の脚本を読んだブラナーは、その面白さに出演を即決したというが、「なぜこの役柄を自分に?」と疑問を抱いたという。もっと、コメディに長けた俳優のほうが合うのではないかと。

実際、シェイクスピア俳優として長年のキャリアを誇るブラナーは、ニックの奇抜さをほとんど強調していない。愛するアメリカについて語るときの高揚、ふとした瞬間に見せる鋭い眼光、家族について話すときの視線が、この人物が積み重ねてきた歴史を思わせる。長期間のトレーニングにより、重みのあるスタントにも説得力を与えた。
クセの強いキャラクターであるほど、大真面目に演じることで面白くなるのはコメディの基本だが、相手役は「普通の男」でさえ悪ふざけしながら演じるレイノルズ。このねじれが、ふたりの奇妙なコントラストになっている。

アクション活劇を支える「米ソ対立」設定
それにしても、映画館で上映されていてまったく違和感のないスケールの映画だ。
冒頭のドッグファイトや、ソ連上空での機体脱出シーンから、冷戦下のソ連という設定を活かしたクライマックスまで、大作アクション映画らしい見せ場がたっぷり。デイリー&ゴールドスタイン監督らしいユーモラスなアクションもあり、全編にアイデアがぎっしりと詰まっている。
もっとも、この映画に唯一無二の手ざわりを与えたのは、そうした「笑いのあふれる娯楽活劇」を、アメリカとソ連の冷戦下というシリアスな時代設定で展開していることだ。

ソ連ではミハイル・ゴルバチョフ書記長による改革が進む一方、米ソの対立はなお続いている。トロイとニックは、互いの国について嘘や偏見を教わりながら生きてきた。アメリカを理想化するニックでさえ、ソ連への誤った認識を手放さないトロイにこう言い放つのだ。
「君はアメリカに洗脳されていないのか?」
トロイはアメリカ社会の現実をニックに語りながら、敵国としてしか知らなかったソ連で、人々の暮らしに触れていく。やがて浮かび上がるのは、資本主義と共産主義の違いや、国家を「信じる」ことの意味だ。
〈信頼〉と〈裏切り〉は、物語を通じて何度も問い直される。国家同士が信用しあえず、お互いを〈敵〉と教える世界で、目の前にいる人間を本当に信じられるのか。祖国に疑問を持つことは、国を裏切ることなのか。

「愛国」と「敵」を問い直す
この映画で描かれるのは、きわめてアクチュアルな現在の問題だ。デイリー&ゴールドスタインは、ソ連の人々をステレオタイプな悪役ではなく、「祖国にとっての最善を尽くしてきたと信じる人々」として見つめる。もちろん、それは米国側の人間も同じだ。
本作が『トップガン』をモチーフとして選んだことは、この視点から見直すと別の意味を帯びる。今もなお世界的に支持される『トップガン』シリーズは、たびたび「アメリカの軍事力や戦闘行為を政治的背景から切り離し、純粋な英雄譚やスペクタクルとして描いている」として、愛国的なプロパガンダ性を長らく指摘されてきたからだ。
『メーデー』は、その『トップガン』を利用しつつ、同作がほとんど扱わなかった「〈敵〉とは何者か」、そして「〈愛国〉とは何か」という問題に正面から切り込んだ。映画の前半ではソ連に向けられた厳しい目線が、後半ではアメリカ自身が抱えてきた不都合な歴史に向けられるのである。

興味深いのは、そんな映画を『トップガン マーヴェリック』のスカイダンスが手がけたこと。スカイダンスを率いるエリソン家と、ドナルド・トランプ政権の距離の近さは、いまや米国メディア産業の大きな政治的論点だ。そんな同社から本作が生まれたことは一種の皮肉のようであり、同時に映画会社が抱えられる芸術性の幅をも感じさせる。
国家は嘘をつく。国家は間違いを犯す。それでも、自分の国によりよくあってほしいと願うことはできる――。本作は痛快なバディ・アクションコメディを通して、「愛国」という言葉の意味を揺さぶる一本だ。
荒唐無稽な活劇の楽しさを失わないまま、「愛国」や「敵」という言葉が大きな意味を持っている、いまの世界を問い直す。いまこそ観ておきたいエンターテインメントである。














