Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、9月3日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。

東野圭吾さんの『永遠の記憶』が先週に引き続き1位

今回は8月24日から8月30日までの文芸部門のチャートを元に解説する。1位は先週に引き続き、東野圭吾さんの『ガリレオシリーズ』の最新長編作『永遠の記憶』。『ガリレオシリーズ』とは、ガリレオと称される天才物理学者の湯川学が、常識を超えた謎に挑むミステリーだ。2位も先週と変わらず東野さんの『あなたが誰かを殺した』。1位2位が動かず、東野さんの人気の高さがうかがえる。東野さんの訃報から1ヵ月ほど。追悼コーナーが設けられている書店も多く目にした。

東野さんの作品は他にも5位と7位に『白鳥とコウモリ』上下巻が、12位に『容疑者Xの献身』がチャートイン。『白鳥とコウモリ』は、先週の12位と18位からランクアップした。9月4日に実写映画が公開され、今後も注目を集めることが予想される。

3位には朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』、4位には夕木春央の『方舟』。6位には凪良ゆうの『汝、星のごとく』が続いた。今回は20位に奈須きのこの『魔法使いの夜』上巻が初登場。本作はTYPE-MOONのノベルゲーム『魔法使いの夜』の小説化。ゲーム『魔法使いの夜』は、奈須氏が1996年に執筆した未完成の小説を原型とし、2012年に発売されたものだ。本作はそのゲームを、奈須氏が自ら小説として完成させたもので、星海社FICTIONSより全3巻で、8月、9月、10月に連続刊行される。

根強い人気の『成瀬あかりシリーズ』

今回は文芸部門チャートで14位だった宮島未奈の『成瀬は信じた道をいく』に注目したい。

本作は『成瀬は天下を取りにいく』から始まる『成瀬あかりシリーズ』の第2弾。本シリーズは地元の滋賀県をこよなく愛する成瀬あかりと、彼女の周囲にいる人々の日常を描いた物語。『成瀬は都を駆け抜ける』で完結する3部作だ。チャートでも毎週ランクインしており、長く人気のシリーズものとなっている。

本シリーズで注目したいのは、やはり成瀬のキャラクターだ。親友の島崎いわく、ひとりでなんでもできてしまうがゆえ、他人の目を気にすることなく生きている人物だ。成瀬が中心のシリーズではあるが、実は成瀬視点はほぼ出てこない。ほとんど成瀬の周りにいる人物の視点で物語は進んでいく。

連作短編集の本作だが、今回はその中でも小学4年生・北川みらいの視点で語られる「ときめきっ子タイム」を紹介したい。みらいは学校の総合学習でときめき地区で活動している人を取材し発表することに。みらいはゼゼカラの成瀬に取材することに決める。

ゼゼカラとは成瀬と島崎のコンビ名。彼女たちは前作でM-1に挑戦し、以降は地域の夏祭りで司会も担当している。みらいは夏祭りで財布をなくしてしまい、成瀬たちに助けられた。その後にゼゼカラの漫才を見て、彼女たちに憧れたのだ。

小学生のみらいは、ちょっとしたことで心が揺れるし、傷つく。自分より友達の方が先に成瀬たちに反応するとしゅんとしたり、友達に嫌われているのかもしれないと思って泣きそうになったり。その一方で、うれしいことにもちゃんと心が動く。成瀬と初めて話したとき、島崎が泣いている自分を励ましてくれたとき。みらいの素直な感情の動きと反応に、小学生の頃の自分を重ねてしまい、心の奥がきゅっとなった。

成瀬と島崎は、自分たちの経験を語りつつ、みらいに「先のことはわからない」と伝える。今では想像もしていないことが、未来には起こるかもしれない、と。それはみらいにとって、大きなエールとなった。

子どもの頃は、今いる場所が世界のすべてだと思ってしまいがちだ。しかし、みらいは成瀬たちと話すことで「自分の世界」が少し広がった。踏み出すごとに、世界はどんどん拡張していく。9月になって夏休みが明け、新学期や新生活に憂鬱な気持ちを抱えている人もいるだろう。本シリーズの登場人物たちも私たちと同じように、弱い部分をたくさん持っている。彼らの生活を見ていると、ひとりではないのだと感じられ、少し顔を上げることができる。

“Heisei Books”8位にランクイン 東野圭吾さんの出世作『秘密』

2冊目のピックアップは、”Heisei Books”で8位にランクインした東野さんの『秘密』。”Heisei Books”とは、JAPAN Book Hot 100から平成に初版が発売された書籍を抽出し、順位化したチャートだ。

『秘密』は1998年に刊行され、広末涼子主演で映画化、志田未来主演で連続ドラマ化もされたベストセラー作品だ。1999年に第52回日本推理作家協会賞を受賞しており、東野さんの出世作ともいえる作品。

主人公は自動車部品メーカーで働く39歳の杉田平介。彼は妻の直子と小学5年生の娘・藻奈美と暮らしていた。しかし、愛する妻と娘はバスの転落事故に遭ってしまう。直子の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な”秘密”の生活が始まる。

いわゆる”入れ替わり小説”だが、本作が特異なのは、その相手が妻と娘ということだ。しかも直子の体は死亡してしまっているため、藻奈美の意識は最初の段階では存在しないことになっている。つまり、平介は外見が小学生である妻と一緒に生活をすることになる。直子はやがて藻奈美の代わりに新しい人生を送ることを決意。平介は、妻であって娘でもある彼女との関係に苦しむようになる。

周りからは再婚など、新しい道を勧められる平介だが、彼にとっていくら外見が小学生でも妻は妻だ。しかし、これまでと同じような夫婦生活を送ることはあまりにも難しい。妻のことは今までと変わらずに愛しているのに、身体的にも精神的にも、これまでと同じ夫婦ではいられない。本作はそのような苦悩もリアルに描かれており、苦しくてもどかしい場面も数多くあった。

特に直子が共学の高校に通うようになってからは、平介の苦悩はさらに加速する。中には「そんなことまでする?」という平介の行動も描かれるが、いざ自分が平介と同じ立場になってしまったら「ありえない」とは切り捨てられない。

ラストにかけての展開は、胸が苦しくなったり驚いたり感情が忙しい。平介にも直子にも、根底では相手への”愛”がある。それは揺るぎないものだが、その愛の表現の仕方は少し違うのかもしれない。タイトルの「秘密」の本当の意味を知ったとき、心が大きく揺さぶられた。