Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、10月29日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。
実写映画公開の『汝、星のごとく』が先週に引き続き首位
今回は10月19日から10月25日までの文芸部門のチャートを元に解説する。実写映画公開中の『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)がまたしても1位に輝いた。本作は2023年に本屋大賞を受賞した、瀬戸内の島で育った暁海と母の恋愛に振り回され転校してきた櫂の、15年にわたる愛と選択の物語。3位には本作のスピンオフストーリー『星を編む』(凪良ゆう著)もランクインした。
さらに、凪良氏の作品は『多類婚姻譚』が15位に、『流浪の月』が17位にチャートイン。今週のチャートでは凪良氏の作品が合計4作品ランク入りした。
2位は先週に引き続き10月15日に文庫版が発売された阿部暁子の『カフネ』。5位に夕木春央の『方舟』、6位に朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』、7位に柚木麻子の『BUTTER』が続き、安定の顔ぶれとなった。
9位には青山美智子の『海辺のエール』が登場。10月19日に発売し、発売からわずか1週間で大重版が決定。早くも累計5万部を突破した。
柚月裕子の『風に立つ』は16位に初登場。本作は岩手・盛岡の南部鉄器工房を舞台とした長篇小説。非行少年を預かることになった、不器用な父と子の家族小説だ。さらに、20位には町田そのこの『初恋をしまう日』が初のランクイン。本作は町田氏がデビュー10周年の節目に挑戦した王道の恋愛小説。デビュー以来ずっと書き続けてきた「家族」というテーマとともに、「初恋」を描き出す。
青山美智子の新刊『海辺のエール』 ”痛み止め”のような優しい物語
今回は文芸部門チャートで9位の青山氏の『海辺のエール』に注目したい。本作は江ノ電の小さな駅・十六夜駅を舞台に、人々の「喪失」と「再生」を描いた連作短編集。十六夜駅には、一人の駅員と一羽の九官鳥「ハッチ」がいる。ハッチは乗客たちの声を覚えて、また別の乗客にその言葉を放っていくのだ。
十六夜駅を訪れる人々は、それぞれ迷いや悩みを抱えている。1章「先生の折り紙」の主人公・雅人は、勤めていた会社から退職勧奨を受け退職し、自分の人生に不安を抱いていた。そんなときに病気になってしまい、入院。そこで彼はあるアニメに出会い、声優の”マーナ”こと愛恵の声に救われる。
落ち込んでいた彼がマーナの声に救われる瞬間や、その後マーナに夢中になっていくさまは、新しい”好き”に出会ったときのきらめきが文字から飛び出てくるようだった。体の中に熱が入ってくる感覚や、とにかく「やばい」と思う感覚。マーナを応援することで生まれた彼の希望や喜び、そして少しの不安に共感し、心が震えた。
2章ではマーナが主人公となり物語が進んでいく。1章では声優の”マーナ”だった彼女だが、この章で読者は”愛恵”の心の内を知ることとなる。ファンから応援される立場の彼女にも、悩みは尽きない。しかし彼女もまたある存在に出会ったことで励まされ、前を向いていく。
雅人と愛恵のほかにも、怪我で休んでいるバスケットボール選手や、50代の今も現役で舞台に立つ踊り子、ピアノだけが生きるよりどころの女子高校生など、どの章でも悩みながら生きる人々が登場。彼らはそれぞれの出会いや言葉から力をもらっている。
誰かががんばる姿は、別の誰かの人生を動かす。そして誰かを応援することは、自分を応援することにもなる。本作にはそんな奇跡のような”エールのリレー”が描かれている。ハッチが運ぶ言葉もまた、バトンのようになっている。読み終わった後には自分も背中を押されて清々しい気持ちになった。
本作は連作短編集だからこそ、ある人物の視点では見えなかった、他の人物の人生も見えてくる。人にはそれぞれ悩みが、心がある。しかし自分に余裕がない瞬間は、頭からすっぽりその事実が抜けてしまうことがある。
例えばいつも余裕があるように見えるあの人、いつも笑って楽しそうにしているあの人。その余裕や笑顔の裏に、実は誰にも見せていない悩みを抱えているかもしれない。本作は、そんな当たり前のことに改めて気付かせてくれる物語だ。
第2章で、愛恵の友人は彼女にこう言う。「頭が痛いとき、鎮痛剤を飲むでしょ?心の傷だって、まず痛み止めが必要なのよ」。人生はいつも思うように進んでいくわけではない。私たちも本作の登場人物たちのように、悩んで迷って苦しいことがある。この物語はそんなときに救いになる”痛み止め”のような存在だ。
“Hot Shot Books”7位 古本屋を舞台にした漫画『本なら売るほど』
2冊目のピックアップは、”Hot Shot Books”で7位の『本なら売るほど 1巻』(児島青著)。”Hot Shot Books”とは、チャート登場回数3回以上の書籍を対象とし、前週と比較して総合ポイントが一定割合伸びた書籍を抽出する、大きく注目度が上がった作品のみをランキング化した急上昇チャートだ。
本作は古本屋「十月堂」を舞台に、「人」と「本」の物語を描いた漫画作品。SNSでも話題となり、「マンガ大賞2026」大賞、「このマンガがすごい!2026」オトコ編第1位に輝いたほか、「手塚治虫文化賞」ではマンガ大賞を受賞した。
「十月堂」には、毎日さまざまな人が訪れる。本を買う人、売る人、本好きの常連、背伸びしたい年頃の女子高生。大量の本が並んでいる本棚の絵を見ていると、紙の本の独特な匂いが鼻を掠めるような感覚があった。
「本を読む」という行為は、元来とても個人的なことだ。同じ本を読んでも、心に残る場面や抱く感情は人によって違う。ひとりひとりの世界があり、それを持てることこそが読書の楽しみのひとつだ。
一方で、感想を誰かにシェアしたり、違う誰かが読み継いだりすることで、本の世界が一気に広がる。古本屋は、そんなロマンが詰まった場所ともいえる。本屋での思いがけない素敵な出会い。「棚が光って見える」感覚。ページを捲るたびに、感じたことのあるワクワクが胸に蘇ってくるようだった。
ただ、本作が描くのは美しいロマンだけではない。経営の難しさや、やるせない感情も描かれる。すべての本を買い取れるわけではない現実、購入された本の扱われ方、本を大切にしている人とそうではない人の気持ちのすれ違い。そうした現実も描かれることで、物語にリアリティーが生まれている。
本作には森茉莉の『恋人たちの森』など、実在の本も登場。その本を読んでみたい!と好奇心が掻き立てられるところも本作の魅力のひとつだ。また、一話完結の短編連作なので、漫画を読み慣れていない人でも読みやすい。
1冊の本が縁をつないでいく奇跡、本との出会いで生まれる新しい感情[/polly-break time="500ms"][/polly-break]そんな瞬間を丁寧に描いている『本なら売るほど』。普段小説しか読まないという人も、一度手に取ってみてほしい。本への愛情を改めて感じることができ、今すぐ古本屋に行きたくなってしまう。














