Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、4月30日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。
シリーズものが続々ランクイン
今回は4月20日から4月26日までのデータを元に解説する。本屋大賞を受賞した朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』はやはり根強く、3週連続1位に輝いた。2位は、世界各国で話題を集めている柚木麻子の『BUTTER』がランクイン。22日には柚木氏が自身のインスタグラムにて本作の版権を、新潮社から河出書房新社へ移すことを発表し、その件でも大きな話題となった。
柚木氏は今回の判断の背景について「昨年、作家仲間である深沢潮さんに著しい苦痛を与える記事が、彼女のデビュー元である新潮社発行の雑誌に掲載されたことがあります。その後の状況や、彼女にかかった負担、そして孤立について見聞きし、出版というシステムの在り方を深く考え直す契機の一つとなりました」と説明。「作家として、自分にできる具体的なアクションは何か。検討を重ねた結果、新潮社様における複数の版権のうち、一作を他社へ移動するという選択に至りました。これは現時点での、私なりの最大限の意思表示です」とつづっている。
6位には「ツバキ文具店シリーズ」の第3弾『椿ノ恋文』(小川糸著)がランクイン。宮島未奈の『成瀬あかりシリーズ』は5位、16位、18位に3作すべてがチャートインしている。本作は7月に山下美月主演で舞台化。28日にはあかりたちが生活する滋賀県のモチーフがちりばめられたチラシのビジュアルや、成瀬を演じる山下が「びわ湖大津観光大使」の制服を着ているビジュアルが公開された。さらに、19位には千早茜の『赤い月の香り』が初めてランクイン。本作は『透明な夜の香り』の続編で、「香りシリーズ」という愛称で愛されている。24日には本シリーズの完結作『燻る骨の香り』が発売された。
2025年本屋大賞『カフネ』 人を思う優しさを改めて教えてくれる物語
今回は2025年の本屋大賞受賞作で17位の『カフネ』(阿部暁子著)と19位の香りシリーズ第2弾『赤い月の香り』をピックアップ。
『カフネ』は、最愛の弟・春彦が急死した薫子を主人公とした物語。薫子は弟の元恋人・せつなと会うことになる。最初は無愛想なせつなに憤る薫子だったが、あるとき食べたせつなの優しい手料理に心と体がほぐれていった。そんな薫子にせつなは家事代行サービス会社『カフネ』の仕事を手伝わないかと提案する。
本作の主要人物は、全員何かしらの悩みや影の部分を抱えている。それは過去だったり、どうしても乗り越えられない悲しみだったり、いろいろだ。薫子は、春彦のことを本当に愛していた。仲の良いきょうだいで、春彦のことを理解していると思い込んでいた。しかし春彦が急死し、薫子は自分が知らなかった春彦の一面を知っていくことになる。
薫子が春彦を失って深い悲しみに対面するように、生きていると、思いがけない悲しみや喪失感を感じる瞬間がある。そんなとき、人は、特に大人は、誰かに頼ることが出来なくなってしまう。それは意地や、自分の弱さと向き合う恐怖を抱えてしまうからだ。「自分だけでなんとかしなくてはいけない」と思い込むこともあるだろう。
この作品は、そんな不器用な人たちがなんとか支え合って生きる物語だ。綺麗なことばかりが起きるわけではない。自分の弱さや無知で大切な人を傷つけてしまうこともある。しかし、誰もが「助けて」と言っていいし、「余計なお世話」と言われることでも、人に手を差し伸べていいのだ。本作には食事の場面が多く登場する。誰かと一緒に食事をすることの尊さを、人が人を思う優しさを、改めて教えてくれる。
『カフネ』とは、ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」という意味。彼女たちの不器用さにハラハラしながらも、彼女たちのその先を見守りたくなる作品だった。
千早茜の「香り」シリーズ第2弾『赤い月の香り』
千早氏の『赤い月の香り』の紹介の前に、まずは香りシリーズ第1弾『透明な夜の香り』を紹介したい。本作はタイトルの通り「香り」がキーワードになっている長編小説。作品の舞台は古い洋館。そこでは調香師の小川朔が、幼なじみの探偵・新城とともに、客の望む「香り」を作っている。第1弾では、元・書店員の一香がそこで家事手伝いのアルバイトを始めるところから物語が展開。どんな香りでも作り出せる朔のもとには、風変わりな依頼が次々と届けられる。
働く上での朔の要望や、少々変わったルールに最初は戸惑っていた一香だが、だんだんとそこでの生活が安心するものになっていく。その中で一香は自身の過去と向き合いつつ、人並み外れた嗅覚を持つ朔が、深い孤独を抱えることに気づく。本作は非常に静かで、どこかひんやりとしている物語だ。それは朔のつかみどころのない性格や、透明さを感じさせる性格が関係しているのだと感じる。
そして第2弾の『赤い月の香り』は、カフェでアルバイトをしていた朝倉満が主人公となり、朔の洋館で働くことに。満は朔に勧誘されて働くことになるのだが、終盤では朔が満を仕事に誘った本当の理由がわかっていく。『透明な夜の香り』は、どちらかというと「静」の物語という印象が強いが、本作は「動」の印象がプラスされている。朔が自ら人のことを気にして動く瞬間も描かれているからだ。同じシリーズでありながら、朔の変化も感じられて、また違った味わいを楽しむことが出来る。
ここで注目したいのは、やはり「香り」だ。朔に依頼をする人は、それぞれにいろいろな事情を持っている。実際にその香りがわからなかったとしても、千早氏の表現する香りは、本の中から香りが浮かび上がるようだ。植物や食事の表現も美しく、五感が刺激され、自分の輪郭がはっきりするような感覚がある。
香りは記憶と密接に関わっている。物語を読みながら、自分の中の特別な香りや記憶を思い出す瞬間が多くあった。本シリーズは、人がトラウマを乗り越える話というよりも、自身の過去を抱えながら、それでも生きていく物語だ。人生で立ち止まりたくなったとき、ひどく辛いことがあったときに、そっと開きたくなる作品だ。














