Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、6月18日に発表された文芸部門のチャートを解説し、その中から2冊をピックアップして紹介する。

辻村深月『ファイア・ドーム』上巻が首位

今回は6月8日から6月14日までのデータを元に解説する。今週は辻村深月のデビュー22周年記念作品『ファイア・ドーム』の上巻が1位に輝いた。これまで本屋大賞を受賞した朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』が10週連続の首位だったが、久しぶりの首位交代となり、『イン・ザ・メガチャーチ』は2位に。3位には『ファイア・ドーム』の下巻が続いた。

『ファイア・ドーム』は、6月5日に発売された辻村氏の新作長編小説。執筆開始から7年、著者が長い歳月をかけて完成させた渾身の作品だ。本作は”噂”をテーマにしたミステリー作品で、発売以降SNSでも大きな話題を集めている。

第4位は凪良ゆうの2年半ぶりの新刊で「結婚」をテーマにした連作短編集の『多類婚姻譚』。第5位に映画公開を控える凪良氏の『汝、星のごとく』が続いた。第16位の『黒牢城』(米澤穂信著)が先週の27位から大きくランクアップ。本作は第166回直木賞受賞作で、戦国×本格×社会派が三位一体となった傑作ミステリー小説だ。6月19日には実写映画が公開された。城主・荒木村重を本木雅弘、天才軍師・黒田官兵衛を菅田将暉、村重の妻・千代保を吉高由里子が演じる。

さらに、吉田修一の『国宝』上巻も先週の93位から18位にランクアップ。実写映画『国宝』は、日本アカデミー賞の最優秀作品賞をはじめとする数々の賞を受賞した。今回のランクアップは、映画のサブスク配信が開始したことによるものが大きいと予想される。今回の初登場は依空まつりの『サイレント・ウィッチ』の12巻だった。

実写ドラマの放送が控える『一次元の挿し木』 一気に読めるミステリー

今回は第6位の松下龍之介の『一次元の挿し木』と第18位の『国宝 上巻』をピックアップする。

『一次元の挿し木』は、第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。主人公は、4年前に失踪した妹・紫陽を捜し続ける七瀬悠。彼は大学院で遺伝学を学んでいる。ある日、ヒマラヤ山中で発掘された200年前の人骨をDNA鑑定にかけると、不思議なことに紫陽のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害されてしまう。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出す。

遺伝学とミステリーという組み合わせを聞くと、どこか難解に感じ、手を伸ばしにくいと思う人もいるかもしれない。本作は専門的な用語もいくつか登場するが、わかりやすい言葉で書いてあるうえにストーリーがテンポよく進むため、難しさを感じることはほとんどなかった。描写も細やかで人物像が想像しやすく、頭の中で映像が流れているような感覚で最後まで一気に読むことができる。

本作は悠を中心にさまざまな人物の視点で語られる多視点小説。視点やシーンの切り替えも早く、読者は物語の序盤からいくつかの違和感を覚える。全体を通して謎がバランスよく散りばめられており、読者は謎を抱えつつ、悠の行動をハラハラしながら見守ることになる。

悠は「息を呑むほどの美青年」でありながらも、紫陽が失踪してからは感情が乏しくなっていた。悠の危うさや冷ややかさは、人を惹きつけるミステリアスさにも繋がっている。物語は現在の軸で進みながらも悠の回想がところどころに挟まれ、悠と紫陽の思い出が語られる。その場面は愛おしさと切なさがあり、胸が詰まる思いがした。

特に中盤からは何が本当で何が嘘なのかがわからず、さらに謎が深まっていく。中盤から終盤にかけてのスピード感は圧巻で、時間を忘れて没頭してしまう小説だ。本作の魅力は謎解きにとどまらない。人間の業や大切な人を思う切なさ、すれ違いが丁寧に描かれていて、読後に切ない余韻が残る。ずっとしとしとと雨が降っているような雰囲気の物語だった。

本作は山田涼介主演で実写ドラマ化され、7月5日より放送がスタートする。スピード感のある展開と、余韻を残す物語が映像でどのように表現されるのか、楽しみに待ちたい。

映画も大ヒット『国宝』 簡単な言葉で言い切れない喜久雄と俊介の関係

『国宝』は、吉田修一の作家生活20周年記念作品で、任侠の一門に生まれながら歌舞伎の世界に飛び込んだ男・喜久雄の人生を追った物語。吉田氏は本作を執筆するにあたり、約3年間、黒衣姿で四代目中村鴈治郎について全国の劇場を回ったという。

上巻では、極道と梨園、生い立ちも才能も違う若き二人の役者・喜久雄と俊介が、芸の道に青春を捧げていく様子が描かれる。本作の特徴といえば、その語り口だ。物語は第三者の視点から「ございました」「ありました」などの口調で語られる。その語り口によって、読者はある一定の距離で登場人物の内面に近づきながらも、大きな物語を見届けているような感覚を味わえる。

任侠の世界の場面からスタートすることもあり、読み始めこそ「難しいかもしれない」と不安に思うこともあるかもしれないが、テンポよく話が進むため、語り口にもすぐに慣れて物語の世界にあっという間に入り込むことができた。

本作は「歌舞伎を描いた作品」というイメージが強い作品で、もちろんそれは間違いではない。しかし何よりも心に残るのはそこで描かれる人間ドラマだ。人間の内面や会話の描写が丁寧で、中心人物以外にも忘れがたい人物が多く登場する。

前半、喜久雄と俊介が出会ってからは、二人が切磋琢磨しながら成長していく姿が瑞々しく描かれる。若いからこそなんでもぐんぐんと吸収していく力と、出自が異なるからこそお互いが抱える違う悩み。二人の距離はとても近いのに、根っこの部分で向き合っている問題が違う。「友達」や「ライバル」とは言い切れない「喜久雄と俊介」の関係が胸に残り続ける。

厳しい芸の世界ではあるが、前半では二人がお互いに刺激し合いながら楽しげに芸と向き合っていることがわかる。二人の輝きや関係性は、とても尊くて眩しい。しかしそれと同時に「おそらくこのままではいられないのだろう」という予感も漂っている。悲しい場面ではないのに、涙が出そうになるタイミングが何度もあった。

中盤から後半にかけては時代の変化とともに物語の雰囲気がじわじわと変貌していく。人はいつまでも同じ場所に留まってはいられない。それは自分の芸にも、人との関係性にも言えることだ。上巻が終わる頃には、登場人物たちへの愛おしさが増し、すぐに下巻を手に取りたくなるはずだ。