いまや、話題の新作映画は必ずしも映画館で上映されるとは限らない。人気のテレビドラマも、昔ながらのテレビで放送されるとは限らない時代となった。
1998年にDVDレンタル企業として始まったNetflixは、2007年に配信事業へ乗り出し、2016年には130カ国へ同時展開して”ストリーミングの王者”となった。そこへAmazonやApple、ディズニー、ワーナーなどの大手企業も競争に参入し、それぞれオリジナル作品を製作・配信。「ステイホーム」が合言葉となったコロナ禍に後押しされ、2020年には映像配信サービスの世界契約数が10億件を突破し、映像業界は決定的な変化を迎えた。
従来ならば映画館を賑わせたような超大作が配信でリリースされ、大人向けのコメディや恋愛映画は劇場から姿を消した。ドラマシリーズの本数は爆発的に増加し、クオリティの高い作品も多かったことから、ある時期は「ピークTV」とも呼ばれた――。
さまざまな作品が同時多発的に乱立する、ストリーミング戦国時代は今も続いている。この連載では、混沌と化した業界の「今」を知るために押さえておきたい映画とドラマシリーズを独断と偏見で選び、その魅力と意味を解きほぐしていく。
第1回でご紹介するのは、イギリス発のNetflixシリーズ「アドレセンス」だ。
「アドレセンス」の衝撃
話題沸騰中の「ONE PIECE」や、年始に完結した「ストレンジャー・シングス 未知の世界」、あるいは最終シーズンの配信が始まったばかりのAmazon Prime Video「ザ・ボーイズ」といった看板作品ではなく、なぜ、あえて1年前に配信されたこのシリーズから連載を始めるのか?
それは、巨大IPやフランチャイズだけにとどまらないストリーミング業界の現在を探ってみたいからだ。
2025年3月13日に配信された「アドレセンス」は、英語テレビシリーズとしてNetflix歴代2位の1億4260万回視聴(配信後91日間)を記録した世界的ヒット作。しかしこの作品は、ファミリー向けでも、あらかじめ人気が保証されている原作モノでもなく、ある少年犯罪事件を描いたオリジナル脚本のリミテッドシリーズ(全4話)だった。

13歳の少年ジェイミー・ミラーが、同級生の少女を殺害した容疑で逮捕された。家族は何が起きたのかわからないまま警察署に向かい、息子の信じがたい一面を目の当たりにする。担当刑事は事件の動機と凶器の行方を追い、ジェイミーの通う中学校を訪れる。心理学者はジェイミーの精神状態を知るため、彼との面会を繰り返す……
1話約1時間、リアルタイム&ワンショット
今、この場所でいったい何が起きているのか。少年や若者たちの間で、何が問題になっているのか?
殺人事件の捜査を描くスリラーから始まる物語は、少年犯罪を生む現代社会の歪み、そして事件の余波をわずか4時間で濃密に描き出す。大人と子どもの間に横たわる断絶や、男性社会の歪み、ネット文化が若者にもたらす脅威、加害者家族に降りかかる試練、そして「親であること」の難しさ――。

本作の特徴は、エピソードのなかで時間を一切飛ばさないリアルタイムの構成かつ、各話約1時間のワンショット(ワンシーン・ワンカット)撮影にある。第1話は警察がジェイミーの自宅に突入するシーンから始まるが、カメラはジェイミーや父親エディ、刑事、弁護士などさまざまな人物に密着しながら、彼らの間を飛び回るように移動する。
視聴者は、この事件をめぐる”最もドラマティックな4時間”を通して、彼らの見る光景や知る情報、揺れる心のうちを、その場に居合わせているかのごとく体感するのだ。

監督は、ワンショット映画として話題を呼んだ『ボイリング・ポイント/沸騰』(2021)のフィリップ・バランティーニ。同作の撮影監督マシュー・ルイスと再びタッグを組み、手持ちカメラによるワンショット撮影で、驚くべき臨場感と没入感、そして登場人物の一人称のようにさえ感じられる心理表現を実現した。
エンターテインメントの枠を超えて

きらびやかなIP作品でもなければ、スター俳優が出ているわけでもない、一見地味で硬質なサスペンスドラマだ。しかし本作はNetflixの歴史に残るヒット作となり、エミー賞ではリミテッドシリーズ部門の作品賞を受賞。ジェイミー役のオーウェン・クーパーも助演男優賞に輝き、新人から一躍スター俳優の仲間入りを果たした。
母国イギリスではエンターテインメントの枠を超え、キア・スターマー首相が脚本家やプロデューサーを招き、劇中で描かれた問題に関するディスカッションを実施。Netflixはシリーズ全編を全国の中等学校で無料視聴できるようにするなど、本作はストリーミングのドラマシリーズが教育や政治の現場につながった一例となった。
日本市場でもそうであるように、Netflixは「ローカルのストーリーをグローバルに届ける」戦略を長年採用してきた。そして「アドレセンス」の成功は、その成果を近年もっとも鮮やかに示したケースだろう。イギリスのクリエイターが抱える問題意識が、優れたクリエイティブによって世界に広く届き、社会に深く刺さったのである。

全4話という短さ、現代社会を正面から射抜いた脚本、スリリングなワンショット演出は、配信作品である本作が、Netflixというプラットフォームで視聴者を刺激するために不可欠だったようにも思える。けれども全編を完走すると、それらは邪念なく、本作を素晴らしい物語にするための純粋な創作だったのだと確信できるはず。それくらい緻密で、まるごと目が離せないシリーズだ。
確かにヘビーな作品だが、ぜひ週末の4時間を費やしてほしい。4時間後、きっと想像もできない風景と感情を知ることになる。














