Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、10月1日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。
小野不由美『十二国記』シリーズ7年ぶりの新刊が首位
今回は9月21日から9月27日までの文芸部門のチャートを元に解説する。1位には小野不由美の『幽冥の岸 十二国記』が輝いた。『十二国記』シリーズは1991年から読み継がれる小野氏の代表作。私たちの棲む世界と、地図上にない異世界<十二国>とを舞台に繰り広げられる壮大なファンタジーだ。今回の『幽冥の岸 十二国記』は、シリーズ7年ぶりの新刊となり、SNSでも発売前から大きな話題を集めていた。
2位にはいよいよ実写映画公開目前となった『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)がランクイン。直近の実写化作品でいうと、6位と7位に現在映画公開中の『白鳥とコウモリ』上下巻(東野圭吾著)が、19位に10月10日から実写ドラマがスタートする池井戸潤の『俺たちの箱根駅伝』上巻がチャートインした。
4位は東野圭吾さんの『ガリレオシリーズ』の最新長編作『永遠の記憶』、9位には「加賀恭一郎シリーズ」、『あなたが誰かを殺した』がランキング入り。東野さんの作品は引き続き安定した人気がある。
12位には辻村深月の『傲慢と善良』が登場し、前回の35位から大きくランクアップ。8位の『BUTTER』(柚木麻子著)、17位の『コンビニ人間』(村田沙耶香著)とともに”Heisei Books”のチャートでも長期間ランクインしている人気作品だ。
横浜流星×広瀬すずの実写映画公開目前『汝、星のごとく』
今回は文芸部門チャートで2位を獲得した凪良氏の『汝、星のごとく』に注目したい。
本作は2022年に単行本として刊行され、2025年に文庫版が発売。2023年に本屋大賞を受賞。瀬戸内の島で育った暁海と母の恋愛に振り回され転校してきた櫂の、15年にわたる愛と選択の物語だ。2人はどちらも家庭に事情があり、母親を支えざるを得ない状況にいた。ともに孤独と欠落を抱えた2人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
物語は暁海と櫂、2人の視点から語られる。2人は高校生の時に出会い、物語の序盤は瀬戸内の美しい海のように、キラキラとした恋愛模様が描かれる。しかし2人は親に頼ることができない事情を抱えており、2人の関係が進むごとに読者にも彼らの未来に対する不安が透けて見えてくる。暁海も櫂も家庭環境によって、未来に期待することさえためらってしまう。親への愛情や「普通こうするべきだ」という正しさ、責任感は、時に自分の未来を縛る。
自分の感情だけでは決めることができない未来。お互いを思っている2人でありながら、未来へ向かえば向かうほどにすれ違ってしまう姿はとてももどかしい。相手のことをいくら強く思っていても、周りの環境や自分が思う正しさに縛られて身動きが取れない暁海。気持ちは変わらないはずなのに、環境が変わることで少しずつ変化していく櫂。読者は暁海と櫂、双方の思いが見えているからこそ、そのすれ違いが余計に苦しい。
読者の視点で見ていると、特に彼らの親への接し方に対して「そこまで自分を犠牲にしなくてもいいよ」と声をかけたくなる場面がある。しかし、外から言うのは簡単だが、本人にとってはそこまで単純な話ではない。自分がいなくなってしまったらどうなってしまうのか、という責任感と恐怖は、2人の中にずっと渦巻いているように感じる。
自分の人生を生きること。自分が欲しいと思うものを選び取ること。それは簡単なようでいて、実はとても難しい。人生は自分のものだが、自分のためだけに生きるのは、時に残酷さを伴う。ラストにかけては、ほとんど祈るような気持ちで読み進めていた。帯にもある暁海の「わたしは愛する男のために人生を誤りたい」という言葉。彼女はずっと何かに囚われながら生きていた。そんな彼女がそこまで思った気持ちは、選んだ場所は、読み終わった今でも心の中で響いている。本作は恋愛小説でありながら、それぞれの人生の物語だ。
本作は10月9日に横浜流星と広瀬すずのダブル主演の実写映画が公開される。横浜は原作を読んだ当時から映画化を熱望しており、凪良氏に手紙を書いて自分の思いを伝えたのだという。横浜と広瀬が命を吹き込んだ櫂と暁海にも注目したい。
“Heisei Books”9位 就職活動を描いた直木賞受賞作『何者』
2冊目のピックアップは、”Heisei Books”で9位にランクインした朝井リョウの『何者』。”Heisei Books”とは、JAPAN Book Hot 100から平成に初版が発売された書籍を抽出し、順位化したチャートだ。
『何者』は2012年に単行本として発売され、2015年に文庫化。2016年には映画化、2017年には舞台化された。朝井氏は本作で第148回直木賞を受賞。戦後最年少の23歳での受賞となり話題を集めた。
本作は就職活動を目前に控えた拓人の目線で語られ、彼が同居人の光太郎の引退ライブに足を運ぶところから始まる。拓人は自分を含めた5人の学生と就職対策として集まるようになる。しかし、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えていく。
この作品は10年以上前に書かれたもので、就職活動も現代とは違う部分があるだろう。しかし、人生の大きな節目となる「就職活動」に抱く感情は、大きくは変わっていないのではないか。本作では「SNS上で見せる自分」など、現代に通じる部分も描かれている。友達の前での自分、面接官の前での自分、SNSで見せている自分。そのどれもが自分であるはずなのに、誰かに評価される日々を送っていると「本当の自分」が何なのかわからなくなってくる。
拓人たちは最初は情報交換のような会話も繰り広げているが、それぞれに人にあまり見せたくない一面も持っている。仲間と困難を乗り越えることは心強くもあり、その一方でとても心もとない。身近な相手だからこそ比べてしまい、仲間の喜びを素直に受け止められない感情も生まれてくる。
自分はうまくいっていないのに、友達はうまくいっている。志望度は自分の方が高いのに、なぜか友達が選考に進む。こうしたときに抱えるモヤモヤや苦い感情は、時を経ても自分の中に残り続けるのだと、大人になって本作を読み返して実感した。
学生から社会人になるための試練を目の当たりにすると「これで人生が決まるんだ」と思ってしまう。その頃の焦りや揺らぎ、「何者かになりたい」「自分は人とは違うんだ」という自意識は、恐らく多くの人が抱いているものだ。
拓人は他の登場人物に比べて感情的になることが少ない。俯瞰して人を観察していることが読者にも伝わってくる。終盤で炙り出される拓人の内面は、読んでいるだけで心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。それは、拓人の気持ちがどこかでわかってしまうからだ。誰かに見せたい自分だけではなく、「カッコ悪い姿であがき続けること」がどれだけ勇気のいることか。拓人たちに突きつけられる現実は確かに苦しい。しかしラストには苦しさの先に小さな光も見えてくる物語だった。














