Billboard JAPANが運営する書籍の総合チャート「Billboard JAPAN Book Charts」。本チャートは紙書籍と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。総合チャートに加えて文芸や漫画などのジャンル別チャート、発売年別のチャートなど全8種類のチャートが存在。月曜日から日曜日までの各種データをもとに生成されたチャートが翌週木曜日に毎週公開される。この記事では、9月17日に発表された文芸部門のチャートを解説。さらに、全8種類のチャートの中から2冊をピックアップして紹介する。
朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』が1位に返り咲き
今回は9月7日から9月13日までの文芸部門のチャートを元に解説する。1位には朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』が返り咲き。朝井氏の作品は13位に『正欲』もチャートインした。『正欲』は先週の34位から大きく順位を上げた。
2位は東野圭吾さんの『ガリレオシリーズ』の最新長編作『永遠の記憶』、3位と4位に『白鳥とコウモリ』上下巻がランクイン。『白鳥とコウモリ』は松村北斗と今田美桜のダブル主演で実写化され、現在公開中だ。5位には東野さんの「加賀恭一郎シリーズ」、『あなたが誰かを殺した』が続き、まだまだ東野さん人気は強い。
7位と20位には池井戸潤の『俺たちの箱根駅伝』上下巻がチャートイン。本作は箱根駅伝を描いた作品で、大泉洋主演でドラマ化し、10月10日より放送される。9月2日に文庫版が発売され、ドラマの放送を前に予習しておきたいという人も多いのではないだろうか。実写化作品の原作への注目度は高く、6位には10月9日に実写映画公開を控えた『汝、星のごとく』(凪良ゆう著)も長期間に渡りランクインしている。
9位は9月2日に文庫が発売された町田そのこの『夜明けのはざま』、14位は米澤穂信の初の警察×本格ミステリー『可燃物』がチャートイン。17位には9月10日発売の『続・魔法科高校の劣等生 メイジアン・カンパニー』の12巻が登場した。
箱根駅伝を舞台にした熱い青春 池井戸潤『俺たちの箱根駅伝』
今回は文芸部門チャートで7位、20位だった池井戸氏の『俺たちの箱根駅伝』上下巻に注目したい。
本作の舞台は「東京箱根間往復大学駅伝競走」、通称・箱根駅伝。物語は大きく分けて、箱根駅伝に挑む選手たちと、中継を担う大日テレビ・スポーツ局の2軸で展開される。物語の入口となるのは、古豪・明誠学院大学陸上競技部の主将・青葉隼斗とプロデューサーの徳重。明誠学院大学は、本選出場を2年連続で逃している。上巻では予選会の様子に加え、箱根駅伝本番までのチーム内、テレビ局内の人間模様が描かれ、下巻では箱根駅伝本番が描かれる。
「青春物語」であることには間違いないが、本作は”熱い”だけの物語ではない。それを象徴しているのが、明誠学院大学・陸上競技部の監督に就任した甲斐というキャラクターだ。彼は明誠学院大学のOBで伝説のランナー。卒業後は陸上を離れ商社で働いていたが、突如母校の新監督に就任した。
突然やってきた甲斐のことを、隼斗たちはすぐには信頼できない。しかし、甲斐の的確なアドバイスや、冷静さの中にある熱いものに触れていき、徐々に信頼を寄せていく。彼の持つ広い視野には、持ち前の資質だけでなく、サラリーマンとしての経験も生かされているように感じる。物語の中でも甲斐が放つ一言一言は冷静でありながら力強く、愛情と熱がある。何度も涙腺を刺激されてしまった。
本作の大きな魅力は「全員が主役」だと思わせるキャラクターの立ち方だ。箱根駅伝が舞台の作品ということもあり、登場人物はかなり多い。混乱しそうになるところだが、一人ひとりにきちんと背景があり、駅伝にかける思いがあり、それを知るたびに自然に彼らに惹きつけられていく。
上巻で丁寧にチームビルドの様子を描くことで、下巻の本選の物語がより熱いものになる。そして忘れてはいけないのが、そんな本選を届けるテレビ中継だ。徳重らテレビ局側もまた、本気で駅伝に向き合っている。駅伝のことをあまり知らなくても物語に入り込めるのは、このテレビ局側のパートの役割も大きい。プロデューサーやディレクター、アナウンサー、それぞれが選手へ敬意を持って中継に臨んでいる。特に下巻では、まるでテレビの前で、沿道で応援しているかのような臨場感があり、感情が大きく揺れ動いた。
仲間とぶつかったり、ピンチに直面したり、数々の苦難がチームを襲う。物語の中では、大きな目標を掲げた甲斐へ、「失笑しかない」という言葉など、冷たい視線が向けられる場面があった。逆境に負けずに目標に向かっていくこと。今の時代、それは時には冷笑されてしまう。しかし、人の”本気”を目の当たりにしたとき、私たちの心は動く。読後は「自分もまだがんばれるかもしれない」と勇気をもらい、一筋の光を見たような感覚になった。
“Heisei Books”9位 朝井リョウの初エッセイ集『時をかけるゆとり』
2冊目のピックアップは、”Heisei Books”で9位にランクインした朝井リョウの『時をかけるゆとり』。”Heisei Books”とは、JAPAN Book Hot 100から平成に初版が発売された書籍を抽出し、順位化したチャートだ。
『時をかけるゆとり』は朝井氏の初のエッセイ集。2012年に単行本『学生時代にやらなくてもいい20のこと』として発売され、2014年に加筆、改題して文庫化された。文庫発売から約12年が経った現在も定期的にSNSで話題になっている。また、2017年の『風と共にゆとりぬ』、2022年の『そして誰もゆとらなくなった』と合わせて”ゆとり三部作”と呼ばれている。
朝井氏は大学在学中の20歳の時(2009年)に『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。23歳の時(2013年)に『何者』で直木賞を戦後最年少で受賞した。2026年に『イン・ザ・メガチャーチ』で本屋大賞を受賞したことは記憶に新しい。『時をかけるゆとり』は、朝井氏の上京の日々、バイト、夏休み、就活、社会人生活についてつづられた23編からなるエッセイ集だ。
本書の特徴はシンプルに「おもしろい」ということ。電車やカフェなど人目がある場所で読むと口元がにやついてしまう可能性がある。失敗した旅行の話や100キロハイクに挑戦した話など、日常の中でも大きな出来事を書いている時もあるが、眼科に行った話や朝井氏の母の話など、ささやかな日常の話も数多く収録されている。思わず「私は今何を読んでいるのだろうか」と感じるような場面もあるが、その”くだらなさ”が、なぜだかキラキラして見える。誰かの目を通して見る誰かの日常は、愉快で輝いて見えるのだ。
エッセイの醍醐味は著者の考え方を知れるということもあるが、小説とはまた違う、誰かのリアルな日常をのぞけることにもあると思う。どこからでも読めることも魅力で、時間がないときでもさらっと読み、自分の日常の外に行くことができる。なんとなく気分が落ち込んでしまったときや、自分の生活に疲れてしまったときに読んでみてほしい作品だ。














