『K-POPガールズ!デーモン・ハンターズ』に並ぶ”革命”

韓国カルチャー(Kカルチャー)が、アジア圏のみならず世界中を巻き込みながら、その勢いをさらに増している。Netflix映画『K-POPガールズ!デーモン・ハンターズ』が第98回アカデミー賞の長編アニメーション映画賞に輝き、劇中歌「Golden」がK-POPとして初の歌曲賞を受賞。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)が外国語作品として史上初の作品賞に輝いて以来の快挙だ。

いまやKカルチャーは、世界のポップカルチャーを語るうえで無視できない存在となった。「イカゲーム」をはじめとする韓国発のドラマがストリーミングサービスを席巻し、BTSやBLACKPINKが各国のスタジアムを満席にする――けれどもそのなかに、まだあまり語られていない領域があるとしたら?

主に映画やドラマ、音楽が紹介される傾向にあったKカルチャーにおいて、2025年、『K-POPガールズ!』に劣らぬ大きな変化が起きていた。韓国発のミュージカル『Maybe Happy Ending』が、英語圏の商業演劇の中心地・ブロードウェイで支持と評価を受け、アメリカ最高峰の演劇賞「トニー賞」で作品賞を含む6部門を制したのだ。

近未来のロボットを通して描く「懐かしさ」

『Maybe Happy Ending』の舞台は近未来のソウル。主人公のオリバーは役目を終えた旧式のヘルパーロボットで、元主人の趣味だったレコードや植木に囲まれながら、アパートで静かな一人暮らしを送っている。ところがある日、向かいの部屋に住む、同じく旧式ヘルパーロボットのクレアがやってきた。バッテリーの充電器を借りたいというのだ。

いつか主人が迎えに来るはずだと信じているオリバーと、もはや自分たちは電池切れ=寿命を待つだけの存在だと理解しているクレア。少しずつ距離を縮めていくふたりは、やがて一緒に旅に出ることを決意する。オリバーは元主人と再会するため、クレアは夢の風景を一目見るために……。

近未来のロボットたちを描く物語だが、本作は奇抜な設定やSF的なギミックではなく、”終わり(ending)”を控えた彼らの生活やぎこちないやり取り、繊細な関係に焦点を当てる。いつか終わりが来るという不安や孤独を抱えながら、それでも誰かとつながっていたい――そんな普遍的な切なさを宿したラブストーリーとして、この作品はブロードウェイで受け入れられた。

懐かしく、温かい音楽の魅力

本作はミュージカルだから、物語を彩る劇中歌の数々も”主役”だ。近未来の物語ながら、ジャズやポップス、ミュージカルの王道を思わせる楽曲の数々はどれも印象的。脚本も手がけたヒュー・パーク(作詞)とウィル・アロンソン(作詞・作曲)は、未来的なサウンドではなく、むしろアコースティックかつ懐かしい音楽を志向したという。

舞台を観ていなくても聴いてほしいのは、旅に出たオリバーとクレアが自分たちの”馴れ初め”を作り上げる「The Rainy Day We Met」で、ハートフルなロマンティック・コメディらしさがよく伝わる名曲。オリバーが静かで孤独な生活を歌う「World Within My Room」や、お互いの感情が高まってゆく「When You’re in Love」もいい。SpotifyやApple Musicなどでサウンドトラックを聴くだけでも、きっと本作の音楽的魅力は伝わるはずだ。

ミュージカル大国、韓国から

『Maybe Happy Ending』は、ブロードウェイに上陸する以前から、すでに韓国で人気を博するヒット作だった。構想は2014年に始まり、2015年にリーディングを経て実施されたトライアウト公演はチケットがわずか3分で完売。そして2016年12月、劇場街であるソウル・テハンノ(大学路)の300席規模の小劇場にて初演を迎えた。

本作が韓国で熱狂的なファンを生んだのは、ヘルパーロボット同士の恋愛をミュージカルにするというコンセプトや楽曲の魅力はもちろん、繊細な心理描写によるところが大きかったという。SNSでの口コミ効果も高く、全97公演のうち約60回が完売。2017年のイェグリーン・ミュージカル・アワード、2018年の韓国ミュージカルアワードでは、ともに最優秀ミュージカル賞(小劇場)を受賞した。

日本の舞台ファンの間でも”ミュージカル大国”として知られる韓国だが、こうした作品を生み出すクリエイティブな土壌は、そう簡単にできあがるものではない。『オペラ座の怪人』や『シカゴ』、『レント』といった海外の人気ライセンス作品を幅広く受け入れることで観客と産業の基盤を育てながら、長年にわたり、オリジナル作品の開発に注力する取り組みを続けてきたことの成果だろう。

大劇場では、韓国の歴史を描いたグランド・ミュージカル『明成皇后』や、普遍的で国際展開しやすい『フランケンシュタイン』などの国産作品が人気を博してきた。その一方、韓国ミュージカルの拠点であるテハンノでは、若手クリエイターたちが実験的な創作を――『Maybe Happy Ending』もそのひとつだ――小劇場から育ててきたのである。

そしてブロードウェイへ

韓国ミュージカルの特徴は、早くから海外市場に向けて開かれていたことにもある。中国や台湾、イギリスのほか、日本でも『フランケンシュタイン』や『ファンレター』、『マリー・キュリー』などが上演された。『Maybe Happy Ending』も、ブロードウェイ進出に先がけ、2020年に『メイビー、ハッピーエンディング』として日本版が上演されている。

ただし『Maybe Happy Ending』のブロードウェイ進出は、国内のヒット作を英訳して輸出するというスタンダードなものではない。製作陣は初期段階から韓国語版・英語版の展開を見据えており、韓国初演の前からアメリカでリーディング公演を実施するなど、2つのバージョンを並行して開発していたのだ。

英語版は2017年にリチャード・ロジャース・アワードのプロダクション賞を受賞し、2020年にアトランタで初演。2024年からのブロードウェイ版では、演出をトニー賞に輝くマイケル・アーデンが務め、さらに作品としての評価を高めた。

韓国発のミュージカルがオリジナルの精神性と文化を維持したまま、アメリカのプロダクションとして形をなした――その意味でも、本作は『K-POPガールズ!デーモン・ハンターズ』によく似ている。なぜなら『K-POPガールズ!』は韓国の伝統やカルチャーに大きなインスピレーションを受け、キャストとスタッフに韓国系・アジア系を中心とする多様な顔ぶれが集まった”アメリカ映画”だからだ。

もっとも、ブロードウェイ版『Maybe Happy Ending』は、製作トラブルのためプレビュー公演の延期を余儀なくされたこともあり、当初はさほど期待されていなかった。開幕直後の興行不振から一転、驚くべき大ヒットに至ったのは、韓国と同じく「観るべき作品」という口コミが広がったからだったのだ。「サプライズ」として受け止められたトニー賞での栄冠を含め、本作のブロードウェイにおける達成の意義はきわめて大きい。

拡大しつづける「Kカルチャー」パワー

『Maybe Happy Ending』は、愛らしく普遍的な作品性のなかに、韓国ミュージカルが築き上げてきた市場と創作文化、制作力、そして海外への視線をうかがわせる。本作で韓国は、ブロードウェイなどで上演された名作を受け入れるだけでなく、世界が評価するハイクオリティな国産作品を送り出せることを証明したのだ。同時に、いかにもアジア的・韓国的な題材でない本作が理解されたことには、ブロードウェイの文化的成熟も感じられる。

いまやKカルチャーは、映画やドラマ、音楽だけでなく、舞台芸術にも大きな影響を与えている。『Maybe Happy Ending』が示したのは、その変化がブロードウェイでも起きているという明らかな事実だ。そしてブロードウェイが、現在のハリウッドにとって重要な創作源であることを思えば――この舞台がいずれ映画化され、Kカルチャーのパワーを再び広く知らしめる、そんな未来を想像したくなるというものだろう。

なお、2025年11月の報道によると、『Maybe Happy Ending』の韓国オリジナル版は2026年10月に日本公演を予定しているという。こちらの正式発表にも期待しよう。